飛行機などの輸送機器の空力設計において80年来信じられてきた、「表面が滑らかなほど空気抵抗が小さくなる」という常識を覆す発見を、東北大学が5月12日に発表。流線型模型の表面に、ミクロンサイズのランダムな微細凹凸を施す「DMR」技術により、空気抵抗を最大43.6%抑えられることを世界で初めて実証した。

  • 東北大学流体科学研究所の1m磁力支持天秤装置(1m-MSBS)で浮揚された流線型模型

    東北大学流体科学研究所の1m磁力支持天秤装置(1m-MSBS)で浮揚された流線型模型

東北大学流体科学研究所の焼野藍子准教授らの研究グループによる研究成果。詳細は、流体力学分野の国際学術誌「Journal of Fluid Mechanics」に5月7日付で掲載されている。

今回の研究成果の注目ポイント

  • 流線型模型の表面に、ミクロンサイズのランダムな微細凹凸を不規則に施す「DMR」により、最大43.6%の空気抵抗低減を世界初実証
  • 「前縁部表面が滑らかなほど空気抵抗は減る」という、流体工学80年の“常識”を覆す発見
  • 世界最大級の1m磁力支持天秤装置など活用、次世代省エネ技術の社会実装に向け大きく前進

研究背景

1940年代から80年以上にわたり、航空工学の大前提として「乱流遷移を抑制し空気抵抗を減らすには、表面を滑らかにしなければならない」という原則が世界中で受け継がれてきた。

遷移域とは、流体が整然と層状に流れ、抵抗も少ない「層流」から、ある速度を超えて乱れを伴う「乱流」へ切り替わる流れ域のことを指す。乱流では摩擦抵抗が著しく増えるため、遷移をできる限り遅らせて層流状態を保つことが、空力抵抗を減らすための核心とされる。

英国・ドイツ・米国・日本で独立して層流翼研究が進む中、1940年には日本の航空力学者・谷一郎博士が「層流境界層における許容粗さ」において、表面粗さと乱流遷移の関係を定量的に論じ、同時代の国際的な研究と並ぶ先駆的な成果を残した。その報告では同時に、当時の製造技術では避けられない表面粗さが層流化の実現を阻んでいたことも記されているという。

その後、谷博士は1989年、ドイツの流体工学者 Nikuradseが1930年代に取得した粗面管の実験データを改めて再解釈し、「粗さは必ずしも乱流遷移を促進し、流体抵抗を増加するだけではないかもしれない」という新たな視点をもたらした。この着眼を受け継いだのが、東北大学流体科学研究所の小濱泰昭教授のグループだ。

同グループは1990年代、平板境界層実験において、繊維粗面が特定の条件下で遷移を遅らせる効果を持つことを実験的に示した。その知見を数値計算で深化させたのが、焼野准教授らによる直接数値シミュレーション(DNS)。特定の分布形態を持つ微小粗さ(DMR:Distributed Micro-Roughness)が、遷移時の乱流エネルギーの成長を抑制し、摩擦抵抗を低減できる可能性を世界に先駆けて定量的に示している。

研究概要

遷移という繊細な現象を、実機に近い形状で精密計測するのは難しい。その理由は、従来の風洞試験では模型を支えるために支持棒や支持ワイヤーが欠かせないが、それらが空気の流れを乱し、マイクロスケールの粗さがもたらす微小な変化をかき消してしまうためだという。

そこで焼野准教授らの研究グループは、同研究所が保有する世界最大級の「1m磁力支持天秤装置」(1m-MSBS)を活用。MSBSは、磁力で模型を空中に浮揚させる仕組みで、支持棒による気流の乱れを「完全に排除」でき、微細な粗さがもたらす抵抗変化の精密な検出を可能にした点が特徴で、こうした装置は世界でも数台しか存在しないとのこと。

研究グループは今回、全長約1.07mの流線型模型を、コイルが生み出す電磁力で風洞内に非接触で浮遊させ、支持部材を完全になくした状態で模型の全抵抗係数を精密計測。流線型模型の表面に、目に見えないほど微細で不規則な粗さのDMRコーティングを施したところ、遷移域において、最大43.6%という“劇的な抵抗低減”を達成したという。なお、今回の研究では、38〜53μmのガラスビーズによる凸面パターンと、サンドブラスト加工による凹面パターンの2種類を使用したとのこと。

研究グループはまた、このように空力抵抗が減少するメカニズムを解明するため、最大4,538万セルの高解像シミュレーション(LES:Large Eddy Simulation)と、風洞内でのオイルフロー可視化を組み合わせた統合解析も実施。こうした空気抵抗の劇的な低減が、流れの剥離抑制ではなく、「壁面摩擦抵抗そのものの抑制」(摩擦抵抗の低減)であることを定量的に証明した。

  • 平滑面(Plain)とDMR面における、全抵抗係数(CD)のレイノルズ数依存性の比較。遷移域では、DMRが最大43.6%の抵抗低減を示す

    平滑面(Plain)とDMR面における、全抵抗係数(CD)のレイノルズ数依存性の比較。遷移域では、DMRが最大43.6%の抵抗低減を示す

今後の展開

研究グループは、DMR技術の最大の強みについて、「きわめて高い『受動性』と『全方向性』にある」と説明する。

航空機の代表的な空気抵抗低減技術としては、機体表面にサメ肌加工を施す「リブレット加工」が知られており、既に複数の航空会社において導入事例がある。これは主に「乱流域」の気流を整えるものであり、その効果を生むには、気流の方向に沿って微細な溝を精密に刻む必要がある。

一方、研究グループが今回実証したDMRでは、流れの質が切り替わる遷移域において大きな効果を発揮するだけでなく、ランダムな微細粗さであるため、流れる方向を問わずに効果を発揮する特性があり、これが現行のリブレット加工との違いだと説明している。

DMR技術は可動部や電力が要らず、施工コストを抑えながら抵抗低減効果を高められる点を強みとしており、「航空機への適用が実現すれば、燃費改善による運航コストの削減と、二酸化炭素(CO2)排出量の劇的な削減が期待できる」とみている。さらに航空機だけでなく、自動車や船舶、新幹線といったあらゆる輸送機器への応用も現実的なものになるとのこと。

なお研究グループは、DMRがもたらす効果について、ゴルフボールなどにみられるディンプル(表面の大きなくぼみ)による効果とは本質的に異なるとも説明している。

ディンプルは鈍頭物体の流体抵抗を下げるために施されるもので、表面の凹凸によって乱流遷移を積極的に促進し、乱流境界層の付着力で剥離を抑制することで圧力抵抗を下げるはたらきをする。しかしDMRは、遷移を遅れさせることで摩擦抵抗そのものを低減する「まったく逆の原理」なのだという。