早稲田大学(早大)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、東京大学、名古屋大学(名大)の4者は4月13日、二次元物質のグラフェンと三次元物質の炭化ケイ素(SiC)の界面に鉄と酸素を導入する新たな手法により、自然界には存在しない構造を持つ2次元酸化鉄の作製に成功したと共同で発表した。

  • 自然界には安定に存在しない構造を持つ二次元酸化鉄

    グラフェン/SiC界面で作製された、自然界には安定に存在しない構造を持つ二次元酸化鉄が作製された。(出所:早大プレスリリースPDF)

同成果は、名大大学院 工学研究科 化学システム工学専攻の榊原涼太郎大学院生(現・物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター 半導体材料分野 2次元半導体グループ 研究員)、JAEA 原子力科学研究所 先端基礎研究センターの寺澤知潮研究副主幹、東大 アイソトープ総合センターの河内泰三技術専門職員、東大 生産研究所の福谷克之教授、名大 シンクロトロン光研究センターの伊藤孝寛准教授、早大 理工学術院 基幹理工学部の乗松航教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、ナノ/マイクロ領域の解析・作製手法を扱う学術誌「Small Methods」に掲載された。

グラフェンとSiCの界面が生み出した新物質

遷移金属酸化物は、絶縁体から超伝導体まで多彩な電子物性を示す材料として知られる。研究チームは今回、中でも地球上に最も豊富に存在する遷移金属元素である鉄(Fe)とその酸化物に注目したという。酸化鉄は構造によって物性が大きく異なるため、未知の構造を持つ材料の探索は、基礎・応用の両側面で極めて重要とされる。

また、二次元物質は三次元物質にはない物性や機能を有しており、とりわけグラフェンと基板の界面は、特異な物理現象が発言する場として注目されている。例えば、グラフェン/SiCヘテロ構造を水素雰囲気下中で加熱すると、水素が界面に侵入する「インターカレーション」現象が生じる。同現象を、水素以外の元素やその化合物へと拡張することで、界面において「窒化ガリウム」や「酸化インジウム」などの二次元半導体の作製が可能だ。

このような背景から、インターカレーションによる二次元の酸化鉄の作製にも期待が寄せられてきた。しかし、鉄は炭素やケイ素との反応性が非常に高く、従来のアプローチでは鉄の炭化物やケイ化物が優先的に形成されてしまうため、二次元酸化鉄の形成は困難を極めていたとする。

二次元酸化鉄の作製手法を確立できれば、革新的な物性や機能を持った材料の実現が期待される。そこで研究チームは今回、グラフェン/SiC界面を、新たな二次元物質の形成の場と見なし、インターカレーション現象を利用することで二次元酸化鉄の作製を目指したという。

一般に物質をグラフェン/SiC界面にインターカレーションする際、まずグラフェンとほぼ同一の構造の炭素原子層「バッファー層」がSiC上に形成される。従来は、この層に真空中で元素を堆積させて加熱する手法が採られてきた。これは、加熱中に酸素が存在すると、界面に酸素が優先的に入り込んだり、グラフェン中の炭素と反応して二酸化炭素として分解されたりして、グラフェンが消失してしまうことを防ぐためだ。

しかし、この手法を鉄に適用すると鉄が炭素やケイ素と優先的に反応し、グラファイトやケイ化物が不均一に生じてしまう。そのため、鉄やその化合物に関するインターカレーションの報告はこれまでほぼ存在しなかった。それに対して今回の研究では、バッファー層上に真空中で鉄を蒸着した後、試料をあえて一旦大気中に曝露し、再び真空中で加熱処理を行う新手法を考案。これにより、酸化鉄のインターカレーションが起こり、グラフェンとSiCの界面に二次元酸化鉄が形成されることが見出された。

  • インターカレーションによる二次元酸化鉄の作製プロセス

    大気暴露工程を導入した、インターカレーションによる二次元酸化鉄の作製プロセス。(出所:早大プレスリリースPDF)

新旧の手法で作製された試料の断面を、原子分解能電子顕微鏡像(HRTEM)を用いて観察した結果、従来法では鉄がSiCと反応して多層グラフェンとケイ化鉄が不均一に形成されることが確認された。一方、新手法で作製された試料の高角環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)像では、グラフェンとSiCの界面に、一様な輝点の周期配列が捉えられた。

HAADF-STEM像では、原子番号の大きい元素ほど明るく観察される。そこで、この界面の輝点領域に対する、電子エネルギー損失分光による元素分析が行われた。その結果、そこには鉄と酸素の存在が裏付けられた。このことから、グラフェンとSiCの界面に酸化鉄の二次元結晶が形成されたことが判明した。

  • 従来法と新手法による資料の比較

    従来法(上段)と新手法(下段)による資料の比較。HRTEM像(左列)とHAADF-STEM像(右列)。(出所:早大プレスリリースPDF)

形成された二次元酸化鉄の原子配列を解明するため、第一原理計算に基づく構造モデルを用いて、HAADF-STEMシミュレーション像を計算し、実験結果との対比が行われた。その結果、SiCの直上では、鉄と酸素がSiCと同じ四面体構造を持ち、グラフェンの直下では、塩化ナトリウム型の八面体構造を持つハイブリッドなモデルとして、矛盾なく説明できることが明らかにされた。

このような構造を持つ酸化鉄は既知の物質には存在せず、グラフェン/SiC界面という特殊な環境下で初めて、自然界にはない構造n二次元酸化鉄が実現した。この特異な構造は、SiC側では基板の配列に従い、上側では本来のウスタイト構造へと緩和しようとする性質に由来すると考えられるという。

続いて、このような構造の二次元酸化鉄について、原子核周辺の電子状態や磁気的状態を精密に測定する「メスバウアー分光測定」が実施された。その結果、室温では常磁性を示すのに対し、絶対温度100K(約-173℃)の低温では反強磁性秩序を持つことを示唆された。

  • 二次元酸化鉄の構造解析の結果

    二次元酸化鉄の構造解析の結果。(出所:早大プレスリリースPDF)

新しい構造を持つ酸化鉄材料の探索は、基礎・応用の両側面で意義深いとする。研究チームは今後、この特異な構造に由来する二次元酸化鉄特有の新規物性の実証や、デバイス応用へ向けた技術開拓を進めていくとしている。