脳が病気によって壊れても、リハビリなどで失った機能は部分的に取り戻せるが、それでも後遺症が残ることは避けられない。しかし、東京科学大学の研究グループが「壊れた脳は治らない」を覆す発見を5月14日に発表。新たに開発した医薬品で、脳の“自然治癒力”を持続させることに成功した。
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 難治疾患研究所 神経炎症修復学分野の津山淳助教と七田崇教授らの研究グループが、東京都医学総合研究所、九州大学、独フライブルク大学と共同で進めた研究の成果。詳細は、国際科学誌「Nature」に英国時間5月13日付で掲載されている。
研究グループは「脳に備わった自然な回復力を持続促進する薬剤の開発に成功し、後遺症を減らす・なくすための画期的な医薬品を創り出すコンセプトを確立できた」と、今回の研究成果がもたらす社会的インパクトを強調。「脳は治らない臓器だと考えられがちだが、強い回復力を持っていることが証明された。臓器に備わった自然な回復力を失わせずに持続させ、機能を回復させる医薬品開発のコンセプトが世界に普及してほしい」とコメントしている。
今回の研究成果の注目ポイント
- 脳卒中を起こして脳組織が損傷しても、失った脳機能を取り戻すための回復メカニズムが働くことを発見
- 脳卒中患者の脳はこの回復メカニズムを発症2カ月程度で失うが、「ZFP384」というタンパク質がその原因となる因子であることを突き止めた
- 研究チームはZFP384の働きを抑える核酸医薬品を開発し、このメカニズムを失わせずに持続させられることを発見した
- 脳の病気の後遺症を減らす(なくす)治療薬の開発が期待される
研究の概要と成果
65歳以上の高齢者に多い脳卒中は、認知症と並んで要介護になる主要因であり、認知症を発症したり悪化させたりする原因にもなる。脳卒中の約8割は、脳梗塞という病気によって起きるとされ、脳に血液が届かなくなって酸素や栄養が不足し、脳組織が死ぬ(壊れる)と、脳機能を失ったことによる症状(手足が動かなくなる、言葉が話せなくなるなど)があらわれる。
失った脳機能は、リハビリテーションなどによって部分的に取り戻せるが、脳が壊れてから2カ月程度で回復力を失ってしまう、つまり後遺症が残ることも広く知られている。
研究グループは今回、脳卒中の後遺症を減らす・なくすための治療薬を作る目的で研究を開始。国内外の研究機関とともに、「どうして(脳は)回復力を失ってしまうのか」という長年の謎に挑んだ。
今回まず解明したのが、脳細胞が回復力を獲得して失うまでの一連のメカニズムだ。
脳細胞は脳が壊れた後、1カ月程度は回復力を持ち続けるものの、次第に脳が正常な(脳が壊れる前の)状態に戻ろうとする影響を受けて、ZFP384というタンパク質が作られることが判明。失った脳機能をまだ十分に回復できていないのに、ZFP384が脳細胞の回復力を失わせてしまうことを突き止めた。
ZFP384は、DNAに結合して遺伝子の発現を調節する転写因子としての機能を持つタンパク質で、ヒトの場合は「ZNF384」と呼称される。このタンパク質は、脳内の環境を見守る免疫細胞「ミクログリア」の回復力を失わせる働きを持つことが、今回の研究で分かった。
ミクログリアは、脳がダメージを受けると活性化して炎症を起こすが、1週間ほどで炎症を収束させて修復を助ける細胞に変わることが知られている。具体的には、神経の成長や修復を助ける「インスリン様成長因子1」(IGF1)などの神経栄養因子を作り、脳機能を回復させるという。
なお、IGF1は神経のつなぎ目である「シナプス」の形成や、神経繊維を覆う絶縁体「髄鞘」(ずいしょう)の再生を促し、脳機能の回復に重要な役割を果たすことが、今回の研究で明らかになっている。
-

回復力を失ったミクログリアの発見イメージ。神経栄養因子IGF1を作っているミクログリアは、緑(EGFP)と赤(tdTomato)に光るが、作らなくなると赤だけに光る(左)。脳梗塞発症28日後、壊れた脳(脳梗塞巣)の周りに、赤だけに光るミクログリアを見つけた(右) (出所:東京科学大ニュースリリース)
研究グループは今回、ZFP384の働きを防ぎ、標的の遺伝子から作られるメッセンジャーRNAに結合して分解を促すことで、そのタンパク質が作られないようにする薬「アンチセンス核酸」(ASO-Zfp384)を開発。この薬は、特定の遺伝子の働きを抑えるために設計された短い核酸でできているという。
これを、特定の細胞だけを光らせたり、除去したりできるように操作した遺伝子改変マウスに投与したところ、マウスの脳が壊れて(脳梗塞を発症して)から1週間後~1カ月後に治療開始した場合でも、回復力を失わせずに持続させられることを発見した。
-

ASO-Zfp384 を投与すると、脳梗塞後の神経症状が改善する(左図と右図)。ASO-Zfp384 によって神経栄養因子など、修復性遺伝子の発現を持続促進できる(中央図) (出所:東京科学大ニュースリリース)
研究グループはまた、脳梗塞患者における検証も実施。脳梗塞を発症後に死亡した患者の剖検脳を解析したところ、発症1週間後の脳内にはIGF1を作るミクログリアを多く認めたが、発症1~2カ月後にかけて時間の経過とともに減少し、ミクログリアが回復力を失っていくことや、ZNF384を発現していることを確認。前出のマウスと同様の変化が観察されたものと考えている。
研究グループは、「『臓器に備わった自然な回復力を、失わせずに持続させられる』ことに成功し、これまで回復が困難とされてきた脳をはじめ、臓器の機能を取り戻す治療法開発に新たな道を拓いた」と今回の研究成果の意義を説明。
また、「ASO-Zfp384は、脳卒中後の後遺症を減らす薬になることが期待される。薬の開発には、副作用を減らす、薬効を高めるなど、時間をかけて改良を重ねる必要がある。脳卒中以外の脳の病気にも治療効果が期待できるのかどうかも興味深く、今後も研究を進めていきたい」としている。

