大阪大学(阪大)、京都大学(京大)、理化学研究所(理研)、奈良女子大学、京都産業大学(京産大)、神戸大学の6者は4月8日、中間子「η′(イータプライム)」と原子核が強い相互作用のみで束縛した状態の「η′中間子原子核」の兆候を初めて捉えたと共同で発表した。

  • η'中間子原子核の生成反応と崩壊の概念図

    η'中間子原子核の生成反応と崩壊の概念図。(出所:阪大プレスリリースPDF)

同成果は、京産大大学院 理学研究科の関屋涼平大学院生(現・阪大大学院 理学研究科 特任研究員)、阪大大学院 理学研究科の板橋健太教授、理研 齋藤高エネルギー原子核研究室の田中良樹研究員、奈良女子大 研究院 自然科学系物理学領域の比連崎悟教授、京産大 理学部 物理科学科の山縣淳子教授、神戸大 海事科学研究科の池野なつ美准教授らを中心とする、国内外80名弱の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する旗艦学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

陽子や中性子の核子はクォーク3個からなるため、その質量はクォーク3個分の合計と等しいと考えられがちだ。ところが、実際には3個のクォークの静止質量を合計しても、核子の質量の1%にも満たない。残りの99%は、クォークの運動エネルギーや、クォーク同士を結びつけている素粒子グルーオンの場のエネルギーなど、多様なエネルギーで占められている。まさに、アインシュタインの有名な公式「E=mc2」が表す、エネルギーが質量として顕在化している世界といえる。

現在の物理学では、物質の質量の起源は「真空の構造」に深く関わっていると考えられている。真空には、クォークとその反粒子である反クォークが対となって凝縮した「クォーク凝縮」が存在し、グルーオンも複雑な役割を果たしているとされる。核子のような複合粒子は、こうした真空の複雑な構造と相互作用することで質量を獲得していると推測されている。

この理論を検証するには実験が必要だが、それを行うのは容易ではない。そこで研究チームが考察したのが、真空の構造が変化した環境では、質量も変化する可能性があるという点だ。原子核の内部は非常に高密度なため、通常の真空に比べてクォーク凝縮の密度が40%減少することが実験から確かめられている。いわば、真空構造の変化を調べる絶好の場というわけだ。

次に研究チームが注目したのが、クォーク凝縮の影響をグルーオンが伝達することで大きな質量を獲得していると考えられている「η′中間子」だ。中間子はクォークと反クォークで構成される複合粒子で、本来は軽いことが特徴だが、η′中間子はよく知られた「π中間子」の約7倍もの質量を持つ。つまり、原子核内であればクォーク凝縮の密度が低下するため、それに伴ってη′中間子の質量も減少することが予想されるのである。

具体的に質量の減少を確かめるには、η′中間子が原子核に束縛された「η′中間子原子核」を生成し、その量子状態を調べることが最も直接的だが、これまで成功例がなかった。そこで今回の研究では、新たな手法でη′中間子原子核の生成と分析を試みたという。

具体的には、光速の約96%まで加速した陽子を炭素12原子核と反応させることで、η′中間子原子核の生成が試みられた。陽子は炭素12原子核中の中性子と反応してペアとなり、「重陽子」(重水素原子核)となって標的の前方に射出される。その結果、炭素12は放射性同位体の炭素11となる。

この反応の際、陽子が持っていた運動エネルギーによって炭素11原子核が励起され、特定の確率でη′中間子と炭素11が束縛してη′中間子原子核が形成されるのである。励起エネルギーに応じ、η′中間子が炭素11の外側もしくは内側の量子軌道に束縛される2種類が生成される。

なお、η′中間子原子核は極めて短時間で崩壊するため、直接測定することは不可能だ。しかし、前方に射出された重陽子の運動エネルギーを精密に測定すれば、エネルギーと運動量の保存則から、炭素11原子核の励起エネルギーを求めることができる。

ただし、η′中間子原子核が生成される確率は極めて小さく、他の反応によるノイズが100~1000倍も多いため、背景事象の抑制が実験成功の鍵となる。そこで今回は、η′中間子原子核が崩壊した際に放出される高エネルギー陽子に着目。それを検出するための検出器を新たに用意することで、生成事象のみを効率よく抽出する計画が立てられた。

その結果、背景事象を約400分の1に削減することに成功し、η′中間子原子核を選択的に捉えられる確率が向上した。取得された励起エネルギーのスペクトルでは2つの構造が確認され、η′中間子が炭素11原子核の異なる軌道で束縛された状態の存在が示唆された。これは、原子核密度においてη′中間子の質量が減少している可能性を示す成果とした。また、このスペクトルは、グルーオンを介した質量獲得メカニズムが予想する結果とも整合的である。

  • 新たに開発された実験セットアップ

    今回新たに開発された実験セットアップ。WASA検出器でη′中間子原子核の崩壊による陽子を検出し、前方の破砕核分離装置で重陽子の運動エネルギーが精密に測定された。(出所:阪大プレスリリースPDF)

  • 実験に使用されたWASA検出器

    実験に使用されたWASA検出器。(c) J.Hosan/GSI/FAIR(出所:阪大プレスリリースPDF)

η′中間子原子核のような、中間子と原子核が強い相互作用のみで束縛した量子状態の存在が確認された例はこれまでになく、その兆候が捉えられた今回の成果は世界初となる。

  • 得られた炭素11原子核の励起エネルギー分布

    得られた炭素11原子核の励起エネルギー分布。横軸の0はη′中間子が真空中で静止して生成される場合に相当し、負の値は原子核の束縛状態を示す。実線は実験結果に最も整合する理論スペクトル、点線は推定された背景事象の寄与。観測された2つのピークは、η′中間子が炭素11原子核の内側軌道(青)と外側軌道(赤)に束縛された状態の存在が示唆されている。(出所:阪大プレスリリースPDF)

研究チームは現在、さらにデータ量を増やし、η′中間子原子核のより詳細な性質を調べる次期実験を計画中とした。η′中間子原子核の存在が確定し、その性質の詳細な分析が可能になれば、真空の複雑な構造が物質の質量に与える影響についての実験的な知見が得られると期待される。これは、現代物理学における大きな謎である、質量の起源解明に向けての大きな前進になるとしている。