東京大学(東大)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、近畿大学(近大)、東北大学、理化学研究所(理研)、科学技術振興機構(JST)の6者は10月8日、「ランタノイド元素」の周囲に存在する「4f電子」の空間的広がりを初めて直接観測することに成功したと共同で発表した。

同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科の鬼頭俊介助教、同・有馬孝尚教授(理研 創発物性科学研究センター センター長兼任)、JASRIの中村唯我研究員、近大 理工学部 理学科化学コースの杉本邦久教授、東北大 金属材料研究所の野村悠祐教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

  • スピン-軌道相互作用が強い4f電子の空間分布

    スピン-軌道相互作用が強い4f電子の空間分布(出所:JASRI Webサイト)

電子の“自転”と“公転”がもつれ合う様子を可視化

電気を利用できるのは、電子という素粒子が存在し、その運動を制御しているからだ。この電子の性質を理解し、そして操ることが、現代の科学技術を支えているといえる。その中でも特に重要なのが、原子核周囲の軌道の1つである4f軌道に入る「4f電子」の存在だ。

原子核周囲の電子の軌道には、s軌道、p軌道、d軌道があり、さらにランタノイド元素(原子番号57のランタンから71のルテチウムまでの元素の総称)では、f軌道が加わる。その中で4f軌道は原子の奥深くに局在し、この軌道に入っている電子を4f電子と称する。この電子は、外側の軌道にある電子に覆われているため周囲の原子の影響を受けにくい一方で、強いスピン-軌道相互作用を示す。

これは、電子の自転であるスピンと、電子の原子核を中心とした公転運動である軌道回転が強く結びついた状態のことで、物質の磁気的性質や発光特性、さらには量子状態の安定性を決める大きな要因になる。つまり、4f電子の姿を直接とらえることは、物質の性質を理解する上で重要な手がかりだといえる。しかし、4f電子の数は原子全体の電子の中では少なく、その信号も非常に微弱なため、これまでその分布の直接観測は実現していなかった。

これまで研究チームは、遷移金属における3d電子や分子性結晶における結合電子を可視化してきた。そこで今回の研究では、大型放射光施設SPring-8の高エネルギーX線と、X線回折実験データを用いた電子密度解析手法の一種である独自開発の「コア差フーリエ合成法」を組み合わせ、価電子密度分布を高精度に観測することで、4f電子の分布の直接観測を試みたという。

今回の研究での重要な点は、観測対象が原子全体の電子ではなく「価電子」である点だ。ランタノイド元素の周りには、数個の4f電子(価電子)と54個の内殻(コア)電子が存在する。そこで、コア差フーリエ合成法を用い、実験的に得られた情報から内殻電子の寄与を差し引くことで、価電子の情報のみの抽出が試みられた。多数の内殻電子は強い散乱を生じさせるが、それを第一原理計算で精密に再現し、その影響を差し引くことで、4f電子の直接観測を実現するのである。

同実験で観測対象とされたのは、パイロクロア型イリジウム酸化物「A2Ir2O7」(A=プラセオジム、ネオジム、ユウロピウム)だ。これらは、低温になってもスピンが秩序化せずに常にゆらいだ状態が安定する特殊な「量子スピン液体」や、外部磁場がなくても物質内部の磁気的な秩序や電子のバンド構造に由来して電圧が発生する「異常ホール効果」など、多彩な量子現象を示すことで知られる。そのため、電子状態を直接調べる意義が大きい物質といえる。

コア差フーリエ合成法によって価電子密度分布を可視化した結果、プラセオジムやネオジムの周囲では4f電子が方向依存的な分布を示すのに対し、ユウロピウムでは球対称的な分布が観測された。これらは、スピン-軌道相互作用と周囲のイオンの影響を考慮した理論計算とよく一致したとのこと。その結果、スピンと軌道が強くもつれ合ったスピン-軌道相互作用の姿を、世界で初めて実空間で直接捉えたことが示された。

  • プラセオジム、ネオジム、ユウロピウムの周囲に存在する価電子密度分布

    プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、ユウロピウム(Eu)の周囲に存在する価電子密度分布。(上)3種類の元素の価電子数(2、3、6)から予想される軌道角運動量量子数L、スピン角運動量量子数S、全角運動量量子数Jの値。(下)各元素の4f電子密度の三次元分布。黄色はやや密度の高い領域、オレンジ色はさらに高密度の領域。J>0(Pr3+、Nd3+)では異方的な分布が観測されるのに対し、J=0(Eu3+)ではほぼ球対称な分布が観測された。1Å=1000万分の1mm。(出所:JASRI Webサイト)

価電子の分布は、物質の性質を決める「設計図」のようなものに例えられる。研究チームは、その直接観測を実現したことは、磁石や蛍光体の高性能化、量子コンピュータやスピントロニクス素子の開発など、次世代技術の基盤に大きなインパクトを与える成果としている。