沖縄科学技術大学院大学(OIST)は9月25日、原子レベルの厚みしかない二次元シート物質の半導体において、光との相互作用が本質的に少ないためにこれまで捉えることが難しかった「暗い励起子」の変化過程を直接観測することに成功したと発表した。
同成果は、OIST フェムト秒分光法ユニットのシン・ズー大学院生、ケシャヴ・ダニ教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
励起子とは、電子と電子が抜けた穴である正孔が、電気的な力(クーロン力)によってペアになった準粒子のことだ。励起子にはさまざまな分類があるが、光学的な分類では「明るい」励起子と「暗い」励起子がある。これまで研究が進んできた明るい励起子は、量子力学的な条件が揃っていることから、光になってピコ秒(1ピコ秒=1兆分の1秒)スケールの極めて短時間で消滅してしまうという特徴を持つ。
それに対し暗い励起子は、条件が揃わないために光になれず、最終的には熱となって消滅するが、明るい励起子よりも長く存在できる(最大で数ナノ秒(1ナノ秒=10億分の1秒))。つまり、暗い励起子は光との相互作用が本質的に少なく、量子特性の劣化が起こりにくいため、量子情報伝達媒体として大きな可能性を秘めているとして期待されている。
また、電子の電荷を操作して情報を伝達するエレクトロニクス、電子のスピンを利用して情報を伝達するスピントロニクス、特殊な材料の結晶構造により電子の運動量空間における異なるバレー(谷)の状態に情報を符号化することが可能となるのが、第3の分野といわれる「バレートロニクス」である。
暗い励起子は、バレーの自由度を利用して情報を伝達できる特性を持つことから、量子技術における有望な候補と位置づけられている。加えて、暗い励起子は本質的に、現行の量子ビットよりも熱などの外的な環境要因に対する耐性が高く、極端な冷却が不要なため、量子の状態が崩れる「デコヒーレンス」の発生も少ない可能性がある。しかし、その見えにくさ故に、制御することだけでなく、研究すること自体が困難である点が暗い励起子の特徴だ。そこで研究チームは今回、原子レベルの薄さしかない二次元シート状の半導体材料「遷移金属ダイカルコゲナイド」(TMD)に注目したという。
TMDに円偏光を照射すると、その特異的な原子配列の空間反転対称性により、明るい励起子を特定のバレーだけに選択的に生成することが可能だ。これがバレートロニクスの基本原理である。この明るい励起子は、急速に多数の暗い励起子へと変化し、これらが潜在的にバレーの情報を保持する可能性がある。どの種類の暗い励起子が関与し、どの程度までバレーの情報を保持できるかはまだ不明だが、これはバレートロニクス応用を追究する上で重要な一歩とする。
今回の研究では、OISTの時間・角度分解光電子分光法装置(TR-ARPES)を用い、TMD半導体において、電子の運動量空間における特定のバレーで明るい励起子が生成された。その後、電子と正孔の運動量、スピン状態、占有レベルを同時に定量化することで、すべての励起子の特性を時間経過と共に追跡することに成功したとする。
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(左)TMDにおけるバレーの自由度。伝導帯(上)と価電子帯(下)に生じるバレーは運動量空間の特定の点(KとK')に存在し、それぞれスピンの向きが鏡像的に反転する(下向き・赤と上向き・青)。左または右の円偏光で、特定のバレーに明るい励起子を選択的に生成可能だ。Bussolotti他(2018年)Nano Futures 2 032001より改変されたもの。(右)明るい励起子のエネルギー測定結果を示し、KとK'における対比を表す。Zhu他(2025年)Nature Communications 16 6385より改変されたもの。(出所:OIST Webサイト)
具体的には、1ピコ秒以内に、一部の明るい励起子がフォノン(量子化された結晶の格子振動)によって異なる運動量空間上のバレーへと散乱される。暗い励起子には、電子と正孔の運動量が不一致のために生じる「運動量禁制」型と、両者のスピンの向きが不一致のために生じる「スピン禁制」型の2種類があるが、明るい励起子は散乱した後、運動量禁制の暗い励起子に遷移する。その後、同じバレーにおいて、電子のスピンが反転したスピン禁制の暗い励起子が優勢となり、ナノ秒スケールで持続することが確認されたとした。
今回の研究成果により、暗い励起子の生成や追跡というこれまでの根本的な課題を克服し、「ダークバレートロニクス」という新たな研究分野の基盤が築かれたとする。今後、暗い励起子のバレー特性を読み出す技術が進展すれば、情報システム全体に広く応用可能なダークバレートロニクスの展開が期待されるとしている。
