「会話の記録がしっかり取れているね」「週3時間ほどの時短にもなっています」――。ある日の午後、患者家族へのIC(病状説明)を終えた2人の医師が、診察室の片隅で音声AIツールの画面を前に話し合っていた。
若手医師主導で進めた音声AI導入、その成功要因は?
東京都 板橋区にある板橋中央総合病院では、2025年11月から救急総合診療科において、記録を残したいさまざまな場面で音声AIツールの活用を進めている。
同院が導入した音声AIツールは会話を文字に起こし、SOAP形式(Subject:主観的情報、Object:客観的情報、Assessment:評価、Plan:計画の順に体系立てて診療情報を記載する方法)に自動で要約。二次元コードリーダーで読み取り電子カルテに反映できる。
救急総合診療科の診療部長である安本有佑医師は、音声AIツール導入のプロジェクトリーダーを30歳の若手医師である全剛史医師に任せた。安本医師は「全先生に任せたことが、AI導入成功のカギだった」と振り返る。
全医師はチーフレジデントと呼ばれる、若手医師をまとめる役割も担う。AIをはじめとする最新技術に関心を持ち、進んで活用でき、なおかつうまく人と関わることができる全医師には、安心して任せられたのだという。
全医師はまず自分で音声AIツールを使って感じた可能性を科内で共有し、利用を促した。チームメンバーが患者や家族へのICの記録などに大幅な時間を取られている現状を目の当たりにし、なんとか解決したいという思いがあったという。
全医師はAI導入について「AIを使って効率化できることが分かった以上、無駄は省きたい。そんなシンプルなモチベーションだった」と振り返る。
安本医師は「繰り返し言わないと人を動かすことはできない。周りにとにかくしつこく働きかけてくれた」と全医師を労った。
音声AIでIC記録作成が30分からわずか5分に
板橋中央総合病院では、医師1人当たり平均20~30分のICを一日1~2件実施している。従来は会話の記録に30分ほどかかっていたうえ、途中で他の業務が舞い込むと記録業務が後回しになってしまう場合もあった。
音声AIツールを活用することで、自動生成された記録を5分ほど修正するだけで記録を作成できるようになり、週2~3時間の業務削減につながったという。
また、同院では今後、救急受け入れ要請があった際に音声AIツールを起動し、救急隊からの連絡を記録する試みも始める予定だ。これにより、受け入れ時には救急隊の情報が記録され、救急隊の院内滞在時間の短縮にもつながると期待される。
音声AIツールは、転院搬送となる場合にも役立つ。転院先への相談内容を音声AIツールで記録し、診療情報提供書モードに切り替えることで、速やかな文書作成と申し送りが可能となる。
「ツールが無いと苦痛」現場で広がる音声AI活用
現場で音声AIツールを活用している医師からは、「ツールの使用について患者からのクレームは一度もなく、記録を見せるとむしろありがたいと言われる」「慣れるまでに時間がかかったが、慣れるとツールが無いことに苦痛を感じるようになった」「ICは客観的な情報が多くなるので、ツールを活用することで脚色されづらくなり、伝わりやすくなった」などの声が挙がっているそうだ。
今後は、若手の医師が多い診療科や職員の多い看護部、電話対応の多い地域連携室・医療相談室での活用も目指す。地域連携室や医療相談室では、電話でのやり取りが記録に残っていない場合も多く、トラブルの元になりやすいという。電話でメールアドレスを聞き出し、文章に残す場合もある。
音声AIツールの活用により会話の内容をカルテに記録できれば、こうした業務時間の削減が期待できる。安本医師は「どの病院でも人材不足が深刻。ツールに任せられる部分は任せていきたい」とさらなる活用に意欲的だ。
※記事中の取材対象者の役職・肩書は、2026年2月の取材当時のもの

