東北大学は10月3日、シリコンと同じIV族元素の合金半導体「ゲルマニウム・スズ」(GeSn)の量子井戸において、低有効質量、大きなg因子、強いスピン軌道相互作用といった量子・スピン物性を包括的に解明したと発表した。

  • 高品位GeSn/Ge半導体量子井戸構造の原子像と作製されたトランジスタデバイス

    (a)高品位GeSn/Ge半導体量子井戸構造の原子像。(b)今回作製されたトランジスタデバイス。(出所:東北大プレスリリースPDF)

同成果は、東北大大学院 工学研究科の好田誠教授らに加え、ドイツ・ユーリッヒ研究センターおよびカナダ・エコールポリテクニック・モントリオールの研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学を扱う学術誌「Communications Materials」に掲載された。

量子技術とスピントロニクスの未来を担う可能性も

近年、生成AIなどの活用で世界のデータ通信量はかつてない速度で増加し、通信ネットワークやデータセンターへの負荷が急増している。これにより、従来のシリコンやゲルマニウムを中心とする半導体技術は、情報処理速度や性能、消費電力の点で物理的・技術的限界に直面しつつある。とりわけ、電力消費の増大は深刻な課題であり、省エネルギーで高速処理を可能とする新たな半導体材料の開発が強く求められている。

その有力候補の1つが、シリコンなどと同じIV族半導体であるGeSnだ。この半導体は、スズの導入により、電子・ホールが自由電子とは異なる質量を持つ粒子として振る舞う時の見かけの質量である有効質量が小さくなり、バンド構造が直接遷移型に変化する。また、電場の中を運動する電子が実効的に磁場を感じるという相対論的効果である「スピン軌道相互作用」や、スピンが外部磁場にどのくらい強く反応するのかを示す重要な係数であるg因子が増大するといった特性を持つ。

こうした特徴は、量子コンピュータの量子ビットの安定動作やスピントロニクス素子の高効率動作に有利であり、従来の材料では困難だった新しい機能を実現できる可能性を秘める。さらに、GeSnは既存のCMOS技術と高い互換性を持つため、産業応用に直結できる点でも大きな利点だ。そこで研究チームは今回、高品質なGe/GeSn/Ge量子井戸ヘテロ構造を成長させ、低温環境下で精密な磁気輸送測定を行ったという。

そして測定の結果、二次元ホールガスが最大1万8200cm2V-1s-1という極めて高い移動度を示し、有効質量も0.061m0という小さな値であることが実証された。これは電子が非常に軽く、かつ散乱されにくい状態にあるためスムーズに動けることを意味し、高速な情報処理や低消費電力動作の実現に直結する重要な特性だ。

また、詳細な磁気抵抗測定により、最大15に達する大きなg因子を確認し、低キャリア密度領域ではさらにその値が増大する可能性があることが示された。なお、g因子が大きいほど、磁場によるスピンの分裂や変化が顕著になり、スピンが磁場に非常に敏感に反応するようになる。これは、スピンの操作や検出を容易にする重要な性質だ。

加えて、磁気抵抗測定に現れる量子干渉効果の解析から、ラシュバ型スピン軌道相互作用の立方項に起因する、0.46ミリ電子ボルトという大きなスピン分裂が観測された。これは、外部からの電場を利用してスピン状態を自在に制御できる可能性を示す成果だ。これらの成果は、GeSnが単なるシリコン代替材料にとどまらず、量子情報処理や低消費電力スピントロニクスの基盤材料として実用的なポテンシャルを備えていることを裏付けているとする。

  • シュブニコフ・ドハース振動と量子ホール効果、および弱反局在効果の温度依存性

    (a)シュブニコフ・ドハース振動と量子ホール効果。(b)弱反局在効果の温度依存性。(出所:東北大プレスリリースPDF)

今回の成果は、GeSnを用いた次世代量子デバイス開発に直結するものであり、とりわけスピン量子ビットやスピン電界効果トランジスタなどの実証に向けた重要な基盤を提供するものだという。研究チームは今後、より低キャリア密度領域での実験や微細加工技術の導入を進め、量子情報処理に不可欠な高忠実度操作の実現を目指す方針だとした。

また、GeSnはCMOS技術と高い互換性を持つため、既存の半導体産業の枠組みを活かしながら量子デバイスや光スピン融合デバイスの開発を推進できる点も特徴とする。研究チームは、日本・欧州・北米を結ぶ国際共同研究体制をさらに強化し、GeSn材料を基盤とした新しい量子情報アーキテクチャの構築を目指すとのこと。これにより、将来的に低消費電力で持続可能な情報通信社会を支える核心技術の創出につながることが期待されるとしている。