早稲田大学(早大)、富山大学、東北大学、玉川大学、東京大学(東大)の5者は10月6日、英語学習での語彙練習のタイミングが学習成果と対話中の脳活動に与える影響を、脳機能イメージング技術「機能的近赤外分光法」(fNIRS)で計測し、学習者のペア同士の脳の同調度を比較した結果、語彙練習のタイミングによって得られる効果が異なることを共同で発表した。
同成果は、早大 国際学術院 国際教養学部の鈴木祐一准教授、富山大 学術研究部 工学系の野澤孝之教授、東北大 国際文化研究科の内原卓海准教授(ディスティングイッシュトアソシエイトプロフェッサー)、玉川大 ELFセンターの中村幸子講師、東大 先端科学技術研究センター 身体情報学分の宮﨑敦子特任研究員、東北大 国際文化研究科のジヨン・ヒヨンジヨン教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英ケンブリッジ大学が刊行する第二言語の習得を扱う学術誌「Studies in Second Language Acquisition」に掲載された。
「記憶定着」と「意思疎通促進」で最適な順番は異なる
さまざまな外国語の習得方法が提案されている中、特に有力な外国語教育法の1つとされるのが、学習者が実践的なコミュニケーションタスクを通じて学ぶ「タスク・ベースの言語指導」(TBLT)だ。しかしこのTBLTでは、その指導プロセスにおいて、コミュニケーション活動で使う英単語をどのタイミングで教えるべきかが、重要な論点となっている。タスク前に語彙を与えると、学習者は安心してタスクに臨めるが、コミュニケーションそのものよりも「練習した単語を正しく使うこと」に意識が向きすぎる可能性がある。一方でタスク後に練習を行うことの効果は、これまで十分に検証されていなかった。
そこで研究チームは今回、語彙学習のタイミングが、コミュニケーション活動の前後で、“語彙表現(例:「ドローンを飛ばす(fly a drone)」)への学習効果”と、“学習者ペアが対話している最中の脳活動の同調にどのような影響を与えるか”を、fNIRSを用いて科学的に検証したという。
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(a)fNIRS測定と学習タスクのセットアップ。学習者Aは防犯カメラの画像(Sheet A)の内容を英語で説明し、学習者Bはその情報を図(Sheet B)にまとめるというコミュニケーション課題。(b)実験は、2名の学習者がペアとしてタスクに取り組んだ。(c)頭部にfNIRS装置を装着した様子。(d)fNIRSで測定した脳活動の感度が高い領域(青→赤で高感度)。今回の研究では、言語処理に関わる左側方前頭前野と、社会性に関わる内側前頭前野の活動が分析された(出所:玉川大Webサイト)
今回の研究では、英語を学習する日本人80名が実験に参加し、40ペアに分けられ、「タスク前学習群」と「タスク後学習群」で比較が行われた。学習者は、スパイの侵入経路が描かれた絵を見て、その内容を英語でパートナーに説明する情報交換タスクに取り組む。その結果、語彙の学習効果は「タスク前練習」が高いこと、脳の同調については「タスク後練習」が高いこと、さらに脳の同調度が高いペアほど学習効果も高いことの3点が明らかにされた。
まず語彙の学習効果のタイミングについては、タスク前に語彙練習を行ったグループが、1週間後に行ったテストでより正確に単語を使えるようになっていることが確認された。
続いて脳の同調については、対話中の脳活動の計測により調べられた。その結果、タスク後に練習したグループの方が、言語処理を担う左側方前頭前野の活動の同調度が高いことが判明。これは、先に自力でタスクに取り組むことで、コミュニケーションを通じた協調的な問題解決が促され、脳活動がシンクロしやすくなった可能性が示唆されるとした。
最後に、ペアの脳の同調度の高さが学習効果に与える影響は、練習のタイミングに関わらず、相手の意図を推測するなど、社会的な認知機能に関わる内側前頭前野の脳活動の同調度が高いペアほど、語彙の学習効果も高いという関連性が確認された。
今回の研究は、外国語学習における「知識の正確さ」と「対話の深さ」の間に、指導のタイミングによるトレードオフの関係があることを浮き彫りにした形だ。学習の主な目的が“特定の語彙を正確に使えるようにすること”であれば、タスク前の練習が効果的である。反対に、“対話のプロセスそのものを強化し、協調的なコミュニケーション能力を育むこと”が目的なら、学習者にまずタスクを経験させることが有効である可能性が示唆された。
今回の知見は、教育者が「今日の授業の主な目標は何か?」と自問し、指導のタイミングを戦略的に決定する際の重要な判断材料となるとする。例えば、「新しい単語の正確さか、それとも対話を通じた連携の促進か」を意識することで、語彙練習を活動の前に置くか、後に置くかを柔軟に選択でき、より効果的な授業設計につながるとした。
なお研究チームによれば、今回の研究は実験室環境で実施されたことから、今後は実際の教室などのより自然な学習環境で、長期間にわたって同様の効果が見られるのかを検証することが重要となるという。また、録音した会話データを詳細に分析し、どのような対話が脳の同調や学習効果の向上に特に強く結びつくのかを解明することで、より具体的な指導法への示唆を得られることが期待されるとしている。
