有効で根本的な治療法がない慢性期の脳性まひでも、乳歯の幹細胞を使うと改善が見られることを、名古屋大学などの研究グループがラットモデルでの実験で明らかにした。現在、同大医学部附属病院での臨床試験に移行している。乳歯は永久歯に生えかわる際に抜けるため、体への負担が小さく、1本の歯から多くの幹細胞が培養できる利点もある。幹細胞自体に免疫調整能力があるため免疫拒絶が起こりにくく、免疫抑制剤を使わなくても良いため、医療経済の面からも期待される。
名大病院総合周産期母子医療センターの佐藤義朗センター長(小児科学・新生児学)らの研究グループは、赤ちゃんが産まれる前後に低酸素脳症になることで引き起こされる、脳性まひの治療法についての研究を進めてきた。脳性まひになると、歩行に障害が起こったり、食事の際に噛んで飲み込むのが困難になったりと、様々な症状が生じる。国内では500人に1人ほどが発症すると見積もられている。
脳性まひには様々な原因があり、出産前後に酸素や血流が脳に届かなくなることで生じるものや、遺伝性の疾患によるものがある。赤ちゃんが産まれてすぐに中等症以上の脳症があり、将来、脳性まひが起こる可能性が高いと分かった場合、低体温療法と呼ばれる全身を冷やして重症化を抑える方法が標準治療として行われている。
だが、この治療を受けた4分の1の患者は障害が残るというデータもあり、効果が限定的であることや、生後6時間以内に治療を開始しなければ効果がなく、生後数ヶ月が経過した慢性期では、低体温療法は適応外となっている。
さらに、脳性まひは生まれてすぐに判明することもあるが、通常、生後半年~1年くらい経って、医療者や保護者らが運動機能などに違和感を持ち、診断がつく。この場合、低体温療法では治る見込みがなく、リハビリテーションなど身体の支持的機能の改善を目的とした治療が中心で、神経機能そのものの回復を目指す治療法は限られている。
佐藤センター長らは、乳歯の幹細胞が神経を保護したり、炎症を抑えたりする機能を持つことに着目し、脳性まひに対して効果が見られるのではないかと研究を始めた。脳性まひのモデルラットを作り、神経症状が完成した慢性期からヒトの乳歯歯髄幹細胞(SHED、シェド)を投与した。
なお、脳性まひのラットは、人間よりもまひが出にくいとされる。そのため、SHEDの投与による効果をより分かりやすく観察するために、間隔が均等ではない空中に渡した「はしご」を渡らせて運動能力をみたり、電気刺激がある部屋から逃げられるかどうかの学習能力を試したりする、ラット特有の試験を行った。

ラットの実験の流れ。SHEDを3回投与すると、生後4ヶ月以降の各機能が改善された(名古屋大学提供)
SHEDを生後5、7、9週の3回に渡って静脈内に投与したラットは、運動機能・記憶や学習機能において改善が見られた。SHEDは、投与後24~48時間以内に大脳に検出され、神経を新しく作る働きなどに関与していることも分かった。
SHEDは、採取が容易で、製造プロセスも確立されている。一般的に、乳歯は6歳頃から永久歯に生えかわるために、自然に抜け落ちることが多い。1本の歯から大量の幹細胞を作ることができるため、本人への投与のみならず、ドナーとして他の人に分け与えることもできる。SHEDが細胞製品として認可されれば、他人の歯髄からのSHEDを応用できるため、乳歯が抜ける時期より前の子どもにも投与できることになる。
そして、対象の歯は、虫歯などではない健康な乳歯であれば、前歯から奥歯のどの歯でも使うことができる。幹細胞には免疫を整える効果があり、SHEDの「移植」であっても、免疫抑制をしたり、無菌室に入ったりしなくて良い。医療経済の側面からも安価な治療法となる可能性があり、保護者らの負担も軽くなりそうだ。
同大病院では、脳性まひの6~11歳の子どもに自分の歯髄からのSHEDを投与する臨床試験が行われている。佐藤センター長は「今のところ対象年齢は6歳からだが、脳性まひは思春期以降に二次障害が起こり、各種機能が低下することがある。神経新生は若い人ほど効果があると考えられているので、早い段階で治療を開始し、標準治療として広めていけると良いと思う」と語った。
研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業、文部科学省ムーンショット型研究開発制度、住友電工グループ社会貢献基金、内閣府研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)、量子科学技術研究開発機構(QST)、キッズウェル・バイオ(東京都中央区)などの支援を受けて行われた。成果は1月23日、英国の科学誌「ステム セル リサーチ アンド セラピー」電子版に掲載された。
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