米国航空宇宙局(NASA)とスペースXは現地時間2月11日、「クルー・ドラゴン」宇宙船運用10号機(Crew-10)の打ち上げ時期を、従来の3月下旬から3月12日に前倒しすると発表した。この変更は、トランプ大統領が”宇宙に置き去りにされた宇宙飛行士の救出”を名目に急遽要請したもので、その実現のために宇宙船を交換する異例の措置が取られることとなった。
Crew-10打ち上げ前倒しの経緯
クルー・ドラゴンは、スペースXが運用する宇宙船で、主に地球と国際宇宙ステーション(ISS)間の、宇宙飛行士の輸送で使われている。
クルー・ドラゴンは、カプセル(宇宙飛行士が乗り込む部分)の再使用が可能で、これまでに4機のカプセルが製造され、それらを交代で再使用することで運用している。そして同社は現在、5番機であり最終号機となるカプセル「C213」の製造を進めており、4人の宇宙飛行士をISSに輸送するCrew-10ミッションで初めて使用する計画だった。
当初、Crew-10の打ち上げは2025年2月に予定されていた。しかし、C213の製造と試験が遅れたため、NASAは同機の打ち上げを2025年3月下旬へ延期すると2024年12月に発表していた。
ところが2025年1月、トランプ大統領が突如として「宇宙に置き去りにされた宇宙飛行士を救うため」として、Crew-10の打ち上げを前倒しすることを要請した。
トランプ氏が「宇宙に置き去りにされた」とするのは、ISSに滞在中のNASAの宇宙飛行士バリー・ウィルモア氏とサニータ・ウィリアムズ氏の2人のことである。
2人は2024年6月、ボーイングが開発した新型宇宙船「スターライナー」の有人飛行試験ミッションでISSを訪れた。当初は8日間のみ滞在する計画だったが、スターライナーに複数の問題が発生したことで、NASAとボーイングは安全上のリスクが大きいと判断し、スターライナーを無人で帰還させることになった。その結果、2人の宇宙飛行士は、同年9月にISSに到着したクルー・ドラゴンCrew-9に乗って帰還することになった。
帰還は当初、2025年2月の予定だったが、Crew-10の打ち上げが遅れたことで、Crew-9の帰還も遅れることになった。ISSに滞在する宇宙飛行士が交代する際には、1週間程度の作業の引き継ぎ期間が必要になる。そのため、Crew-10の打ち上げが遅れたことで、Crew-9の帰還も、すなわちスターライナーの2人の宇宙飛行士の帰還も遅れることになったのである。
NASAはこれまで、2人の宇宙飛行士について、一貫して「宇宙に取り残されているわけではない」と説明してきた。ISSには2人を延長滞在させる余裕があり、必要になれば物資を送ることができる。また、宇宙飛行士はこのような不測の事態に対応できる訓練を受けており、万が一の際にはCrew-9に乗って緊急脱出することもできる。
しかし、2025年1月28日にマスク氏は、X(旧Twitter)で、「トランプ大統領がウィリアムズ氏とウィルモア氏をできるだけ早く帰還させるよう指示した」と投稿した。また、「バイデン政権が彼らをこれほど長く放置したのはひどいことだ」と付け加えた。
トランプ氏も、トゥルース・ソーシャルでこれを認め、「宇宙飛行士たちはバイデン政権によって、事実上、宇宙に置き去りにされた」と述べた。NASAが救出の必要はないとしていたにもかかわらず、トランプ氏とマスク氏は政治的な問題に昇華させた。
そして30日になり、NASAはCrew-9を早期かつ安全に帰還させるべく迅速に作業を進めているとし、併せてCrew-10の打ち上げ準備も進めていると明らかにした。これにより、計画変更の検討を行っていることが明らかになった。
そして最終的に、NASAはCrew-10の打ち上げ時期を前倒しすることを決定した。
飛行用カプセルを3番機「エンデュランス」に交換
前倒しは、C213の代わりに、すでに製造済みの「エンデュランス」(Endurance)を使用すること、すなわち飛行に使うカプセルを交換することで実現した。
エンデュランスは2021年に製造された、クルー・ドラゴンの3番機で、これまでに3回の飛行実績をもつ。4回目の飛行は、民間企業アクシアム・スペースの宇宙飛行ミッション「Ax-4」になる予定で、2025年4月の打ち上げに向けて準備が進められていた。
そこで使用するカプセルを入れ替え、Crew-10にエンデュランスを、Ax-4にC213を充てることで、打ち上げ前倒しを実現したのである。
クルー・ドラゴンは再使用可能な宇宙船であり、頻繁な運用が可能なことから、柔軟かつ迅速な対応ができた点も奏功した。一機ごとに新造する宇宙船や、スペースシャトルのように再使用可能でもメンテナンスに時間がかかる宇宙船では、このような前倒しは難しかったとみられる。
「Crew-10の早期打ち上げを実現するために別の宇宙船を準備するという、スペースXの積極的なアプローチから大きな恩恵を受けています」(スティッチ氏)。
クルー・ドラゴンCrew-10には、NASAのアン・マクレイン宇宙飛行士(コマンダー)を筆頭に、ニコル・エアーズ宇宙飛行士、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の大西卓哉宇宙飛行士、ロシア・ロスコスモスのキリル・ペスコフ宇宙飛行士の4人が搭乗し、ISSに約半年間滞在する。なお、カプセルを交換しても、Crew-10のクルーの割り当てや役割に影響はないという。
Crew-10が3月12日に打ち上げられれば、ISSでの引き継ぎを経たのち、帰還場所であるフロリダ沖の着水地点の天候条件に応じて、Crew-9は3月下旬ごろに地球に帰還することになる。
一方、カプセルの交換による、Ax-4ミッションの打ち上げ時期やその他の影響については、現在のところ明らかになっていない。
参考文献
・NASA, SpaceX Update Crew-10 Launch, Crew-9 Return Dates - Commercial Crew Program
・NASA Adjusts Crew-10 Launch Date - Commercial Crew Program