イーロン・マスク氏は2025年1月29日、X(旧Twitter)上で、「トランプ大統領の要請に基づき、国際宇宙ステーション(ISS)に“取り残された”2人の宇宙飛行士を、できるだけ早く帰還させる」と発表した。
この宇宙飛行士たちは、2024年6月にボーイングの宇宙船でISSに到着したあと、宇宙船のトラブルで帰還が延期され、現在も滞在を続けている。
現在、帰還は3月に予定されているが、これを前倒しするという。NASAも早期帰還に向けて作業を進めていると認めた。
はたして、早期帰還は技術的に可能なのか?。トランプ大統領やマスク氏の発言の真意はどこにあるのか。「取り残された」という表現は正確なのか。その背景や、考えられる今後の影響とともに、詳しく見ていきたい。
事の発端と、発言の背景
ことの発端は、2024年6月にさかのぼる。
NASAのバリー・ウィルモア宇宙飛行士とサニータ・ウィリアムズ宇宙飛行士の2人は、2024年6月にボーイングの新型宇宙船「スターライナー」の有人飛行試験の一貫として、ISSへ飛行した。
当初、飛行試験は8日間の予定だったが、スターライナーのスラスターに問題が生じ、ヘリウム漏れも起きたことで、帰還を延期した。NASAとボーイングは、原因究明や安全性の検証を進めたものの、最終的に宇宙飛行士を乗せた飛行は不可能と判断した。
その結果、スターライナーは無人で帰還することになり、一方2人の宇宙飛行士はISSに残り、スペースXの宇宙船「クルー・ドラゴン」運用9号機(Crew-9)に乗って帰還することになった。
クルー・ドラゴンCrew-9は当初、4人の宇宙飛行士を乗せて、2024年9月に打ち上げ、2025年2月にISSから帰還する計画だった。それを、2人に減らして打ち上げたうえで、帰還時にウィルモア氏とウィリアムズ氏を乗せることになった。
このときNASAは、「2人は宇宙に取り残されているわけではない」と説明していた。ISSには2人が延長滞在できるだけの余裕もあり、必要になれば物資を送ることもできる。当初8日間の予定だった宇宙滞在が、8か月以上に延びはしたものの、宇宙飛行士はこのような不測の事態に対応できる訓練を受けている。また、万が一の際には、Crew-9に乗って緊急脱出することもできる。
起こっていることは、パニック映画の冒頭のようなものではなく、十分に想定の範囲内、制御下にあった。
「バイデン政権が2人を放置していたのはひどいことだ」
しかし、昨年12月以降、状況が変わりつつある。
12月17日、NASAは次のクルー・ドラゴンの飛行である運用10号機(Crew-10)の打ち上げが、早くとも3月下旬まで遅れると明らかにした。
クルー・ドラゴンは再使用可能な宇宙船だが、Crew-10は新造船の初飛行となる。NASAは、製造や試験で何らかの問題が起きたことを示唆しており、「新しい宇宙船の製造、組み立て、試験、そして最終的な統合は、細部にまで細心の注意を払う必要がある、難しい作業だ」と説明している。
そして、これにより、ウィルモア氏とウィリアムズ氏の帰還はさらに遅れることになった。
ISSに滞在する宇宙飛行士が交代する際には、先に新しい宇宙飛行士がISSに到着したあと、引き継ぎなどを行ったのち、それまで滞在していた宇宙飛行士が帰還するのが慣例である。したがって、Crew-10の打ち上げが3月下旬まで遅れれば、Crew-9と2人の帰還は、引き継ぎ後の4月上旬ごろになることを意味する。
こうした中、米国では第2次トランプ政権が発足し、スペースXを率いるマスク氏が最側近となった。そして、今回のマスク氏の「ISSに取り残された2人の宇宙飛行士をできるだけ早く帰還させる」という発言が飛び出した。
マスク氏は、これがトランプ大統領の要請に基づくものとしたうえで、「バイデン政権が2人を放置していたのはひどいことだ」と付け加えた。
一方、トランプ大統領も29日、Truth Socialに「マスク氏とスペースXに、バイデン政権によって、事実上宇宙に置き去りにされた2人の勇敢な宇宙飛行士を『助けに行く』よう依頼した」と投稿している。
そして30日になり、NASAは「NASAとスペースXは、クルー・ドラゴンCrew-9に乗ったウィリアムズ氏とウィルモア氏を、できるだけ早く、安全に帰還させるため、急きょ作業を進めている。また、長期滞在間の引き継ぎを行うため、Crew-10の打ち上げ準備も進めている」との声明を発表し、トランプ大統領とマスク氏の発言を受け、実際に動き出したことを明らかにした。