Amazonの広告事業は、この10年で同社を支える巨大な柱の一つへと成長しました。その追い風となったのが、ネット利用者のプライバシー意識の高まりと、2017年ごろからブラウザベンダーが進めたサードパーティCookieの制限です。。「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。
従来型のターゲティング広告や効果測定が難しくなり、そうした中、クローズドな環境に豊富なファーストパーティデータを抱えるAmazonは、「ユーザーが何を検索し、何を見て、最終的に何を買ったのか」を把握できる価値を広告主に提供しました。
そして今、デジタル広告市場は再び地殻変動の只中にあります。引き金はAI検索の普及です。調べものを従来型の検索エンジンに頼る場面が減れば、広告主にとっての「検索広告の価値」も揺らぎます。
しかし、ある広告枠の価値が衰えても広告市場自体は縮小しません。広告主は次の価値へと移っていくのみです。かつてCookie制限がAmazonを押し上げたように、AI検索の台頭を好機と捉え、新たな価値で次の市場を切り拓こうとする動きが活発化しています。
「購買意図」のチョークポイントを狙う2つの巨大投資
6月4日、日用品/食料品/フードデリバリー大手のDoorDashと、画像や動画からアイデアを集めて整理するビジュアル探索プラットフォームのPinterestが、それぞれ将来の成長に向けた投資を発表しました。
DoorDashは、広告事業「DoorDash Ads」をグローバルなコマースメディアプラットフォームへと拡張すると発表しました。自社サービスに加え、買収した配達サービスのWolt、Deliverooまで含めると、その規模は40万を超える広告主を支えるものになります。オフサイト広告、LiveRampと連携したクリーンルーム測定、スマートキャンペーン、自動入札などを強化します。
Pinterestは、AWSと2031年までの40億ドル規模に及ぶクラウド契約を結びました。同社史上最大のインフラ投資です。狙いはAI機能の強化で、AWSのTrainiumやGravitonを活用し、パーソナライズされたビジュアル検索やAI支援型のコンテンツ発見、そして広告キャンペーンの作成・最適化を担う「Performance+」を強化します。
一見すると、DoorDashの発表は「広告基盤の拡張」、Pinterestの発表は「AIインフラへの投資」と、まったく別物のニュースに映ります。けれども、両社が押さえようとしているチョークポイント(戦略的要衝)は同じです。どちらも「ユーザーの購買意図が芽生え、購入へと変わる瞬間」を狙っているのです。
「買う直前」のDoorDashと、「言葉にする前」のPinterest
DoorDashは、広告事業強化において「消費者は買う準備ができた状態でDoorDashに来る」と強調しています。DoorDashのユーザーは、アプリを開いた時点で「今夜の夕食」「切らした日用品の買い足し」といった明確な目的を抱えています。
広告の観点で言うと、まだ何かを調べている段階の人が多い検索広告に比べ、DoorDashの広告は生活の“購買モーメント”のすぐ隣にあります。広告が表示される場所と購入が起きる場所が近く、広告主は「今まさに買おうとしている人」へ、より多く広告を届けられます。
LiveRampとの連携やクリーンルーム測定を前面に出すのも、この狙いに沿った動きです。LiveRampは、企業同士が顧客データをプライバシーに配慮しながら連携・分析するためのデータ基盤を提供しています。
データクリーンルームを介せば、利用者のプライバシーを守りつつ、DoorDashの購買データと広告主の顧客データを安全に突き合わせ、広告効果を正確に測定できます。DoorDashによれば、同社のキャンペーンでリーチした消費者の8割以上が、広告主にとって新規の顧客だといいます。
一方、PinterestとAWSの40億ドル規模の契約が映し出すのは、Pinterestならではの「欲望を掘り起こす力」です。
Pinterestのユーザーは、最初から具体的な商品名を探しているわけではありません。「春らしいファッション」「こんな雰囲気の部屋にしたい」「次の週末に作るレシピ」といった、漠然としたイメージや文脈から探索を始めます。手がかりになるのは検索キーワードよりも画像であり、雰囲気であり、これまで保存してきたピンの履歴です。
つまり、PinterestはWeb検索よりもさらに手前の段階、たとえばユーザーが「ビジネスでも使える黒スニーカー」と言葉にして検索する前の段階を押さえているのです。ここにAIを投入すれば、プラットフォームは画像を並べるだけの場所から、ユーザーの「まだ言葉にできていない好み」を推し量り、次にほしいものを差し出す場所へと変わります。
そこでの広告は、検索結果に割り込む邪魔者ではなく、「発見」という体験そのものに溶け込むインスピレーションになり得ます。
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Pinterestは、ユーザーの「まだ言語化できていない好み」や「潜在的な興味」を、テースト・グラフという独自の知識フレームワークを通じて高精度に先読みし、視覚的なインスピレーションとして提案できます
検索窓の外側で始まる競争
従来のデジタル広告は、ユーザーが入力したキーワードや過去の閲覧履歴、属性データをもとに配信されてきました。AIとコマースメディアの進化は、その主戦場をファネルの「前」と「後」へと大きく押し広げつつあります。
- Pinterest: ユーザーが検索する前の「なんとなく欲しい」を形にする瞬間
- DoorDash: 購入を決める直前の「今すぐ必要」をとらえる瞬間。
ファネル上の位置こそ違え、両社は「ユーザーが明示した検索ワードではなく、行動の文脈から推し量れる意図を狙う」という点で共通しています。
Web検索広告が圧倒的な強さを誇れたのは、ユーザーが自らほしいものを「言語化」してくれていたからにほかなりません。検索窓に打ち込まれた言葉をとらえることに、大きな価値があったわけです。
ところがAI時代には、ユーザーが言葉にするより先に、プラットフォーム側が好みを推し量り、選択肢を差し出せるようになります。だからこそこれからのマーケティングには、AIの回答に引用・推薦されるための施策や、ユーザーの意思決定プロセスそのものに踏み込む戦略が求められます。
PinterestとDoorDashが狙うのは後者です。Pinterestはユーザーが欲しいものを言葉にする前の「発見体験」を、DoorDashは購入へ踏み出す直前の「行動」を押さえようとしています。従来の検索に取って代わるのではなく、その前後にある購買接点を、新たな広告市場として整備しようとしているのです。
これからのデジタル広告の主戦場は、もはや「検索窓」の内側にとどまりません。意図が芽生える瞬間、それが購入へと変わる瞬間 -- ユーザーの意思決定を導線として、検索窓の外側に、次の巨大な広告市場が広がり始めています。


