千葉大学は3月11日、同大学のハドロン宇宙国際研究センター(ICEHAP)が参画する、南極で実施されている高エネルギー・ニュートリノ観測を目的とした国際共同プロジェクト「IceCube実験」において、2016年12月に宇宙から飛来したニュートリノの観測から、1960年に予測された現象「グラショー共鳴」を検出したと発表した。

同成果は、米・ウィスコンシン大学マディソン校アシスタント・プロフェッサーのLu Lu研究員(2015~2020年までICEHAP特任研究員)、日本グループを率いるICEHAPの吉田茂教授ら、IceCube実験チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。

IceCube実験とは、日本のスーパーカミオカンデと並ぶニュートリノ観測を目的とした国際共同プロジェクトだ。日本のICEHAPを含む世界12か国53の研究機関が協力し、40を超える国や地域の研究者が参加する大型実験である。南極点直下の氷中1500~2500mの深度に、直径約33cmの耐圧ガラス球内に光検出器を格納したモジュール5160個を埋め込み、宇宙から飛来する高エネルギー・ニュートリノを観測することが目的だ(大深度に埋め込むのは、貫通力の高いニュートリノだけを検出しやすくするため)。「IceCube-Gen2実験」のためのアップグレードが2022年にスタートし、2026年には現在のおよそ8倍の面積に検出器を埋設し、検出能力を向上させる計画である。

そしてグラショー共鳴とは、電弱相互作用(電磁気力と弱い相互作用を統一した相互作用)に関する理論を提唱し、1979年にノーベル物理学賞を受賞したシェルドン・グラショー博士の論文に由来する現象のことである。グラショー博士は、反電子ニュートリノが、もしちょうどよいエネルギーを持って電子と衝突したとしたら、弱い相互作用を媒介する「W(ウィーク)ボソン粒子」が生成されると予測した論文を1960年に発表し、その現象が「グラショー共鳴」と命名されたのである。ニュートリノには電子型、ミュー型、タウ型の3種類があり、それぞれに反粒子が存在する。反電子ニュートリノとは、電子ニュートリノの反粒子のことだ。

そしてグラショー博士が論文を発表してから四半世紀近く経った1983年に、ついにWボソンが発見されたが、予想とは異なり遥かに重い質量を持つことが判明。グラショー共鳴を起こすには、6.3PeVという非常に高いエネルギーを持つニュートリノが必要であることが明らかとなった。

現在、世界最大の加速器はCERNのLHC(大型ハドロン衝突型加速器)で、電子よりも1800倍以上も重たい陽子を扱うが、最大で13TeVまで加速することができる。それでも6.3PeVには及ばず、約1/500でしかない。つまり、現在の地球では6.3PeVというエネルギーで素粒子を加速させることは不可能ということであり、同時にそれはグラショー共鳴を実証できないということでもあったのである。

しかし広く自然界を見渡せば、何もそんな桁違いのエネルギーを人類自ら生み出さなくても広い宇宙にはいくらでも存在することに気がつく。大質量星の超新星爆発しかり、銀河中心の超大質量ブラックホールの巨大放射エネルギーしかり。想像を絶するそうした宇宙最大級の物理現象であれば、6.3PeVの超高エネルギー反電子ニュートリノを生み出せる可能性があると考えられたのである。

宇宙のどこかで生み出されたそんな超高エネルギーの反電子ニュートリノが、たまたま地球に飛んできて、運よく検出器を通過し、それによってグラショー共鳴が実証されることを待つことも、「IceCube実験」の目的の1つだったのだ。

そしてそれは、2016年12月6日、光速に近い速度で地球にやってきた。ニュートリノはほかの物質と相互作用しにくいため、地球の内部まで到達。地球を7個置いても貫通してしまうといわれるほどだが、そのときは“運よく”地球を構成する物質中の電子の1つと激突。その結果、たくさんの二次粒子が生み出されてシャワー状に広がり、IceCube実験のニュートリノ望遠鏡がそれを観測したのである。観測データの詳細な分析が行われた結果、反電子ニュートリノと電子の衝突が6.3PeVで起きたことが示され、グラショー共鳴であることが確認されることとなった。

  • グラショー共鳴

    IceCube実験のニュートリノ望遠鏡によって記録された、2016年12月に発生した高エネルギー・ニュートリノ検出(イベント)が視覚化されたもの。詳細な解析により、このときにグラショー共鳴が起きたことが確認された。画像中の色つきの球体は、このときに反応したニュートリノ望遠鏡のセンサーを示しており、早くに反応したものが赤で、時間が経ってから反応したものが青で示されている。子のイベントは円状に広がる形から、IceCube-Gen2実験の日本グループリーダーを務める千葉大ICEHAPの石原教授による命名で、「アジサイ」の愛称で呼ばれているという (c) IceCube Collaboration(出所:千葉大プレスリリースPDF)

このときは、グラショー共鳴を観測することにもなったが、同時に宇宙から飛来したニュートリノの中に、ニュートリノの反粒子が含まれていることを実証する初の結果にもなった。

  • グラショー共鳴

    IceCubeによって観測された、グラショー共鳴を示すファインマン図。電子(左上)と反電子ニュートリノ(左下)が相互作用してWボソン(波形部分)を生成し、それらがのちに荷電粒子に分解される(右の2つ)。(c) IceCube Collaboration (出所:千葉大プレスリリースPDF)

ニュートリノと反ニュートリノの性質の違いはわずかであり、それを検出するには特別な精密測定が必要だ。しかも、宇宙から反電子ニュートリノが飛んでくることは極めて希なため、当初は検出は不可能だと考えられていたという。しかし、IceCubu実験は数々の努力を重ねたことで、今回の成果につながったというわけだ。

  • グラショー共鳴

    今回のグラショー共鳴を引き起こした反電子ニュートリノが、何億光年も彼方の天体から長い距離を旅して、地球内部に到達するまでの模式図。青い点線がたどった経路を示したものだ。(c) IceCube Collaboration (出所:千葉大プレスリリースPDF)

今回、ニュートリノと反ニュートリノを区別して観測することに成功したことから、素粒子物理学の理論実証に加え、ニュートリノ天文学の新たな展開としても重要な意味を持つという。どの銀河の中心にもほぼ存在するとされる超大質量ブラックホール(天の川銀河の場合は太陽質量の400万倍)や、大質量星の超新星爆発といった環境下において、どこでどのようにして高エネルギー粒子が生成されているかは、いまだに謎が多い。今後、ニュートリノと反ニュートリノの比率から、物理的サイズや磁場強度など、直接測定が難しい天体の特性を調べることができるようになると期待されている。

また今後の「IceCube-Gen2実験」だが、現在は、その第一歩となる検出器のアップグレードの準備が進められている。IceCube-Gen2実験の日本グループのリーダーを務める千葉大ICEHAPの石原安野教授によれば、アップグレード計画で千葉大グループは、新型光検出器「D-Egg」300台のデザインと製造を任されており、現在はその大規模製造および詳細な性能評価を行っているとした。またIceCube-Gen2実験では、ニュートリノと反ニュートリノの比率を決定的に測定するため、より多くのグラショー共鳴を観測したいと考えているともコメントしている。