『すべての人の“表現したい”がかなう世界』
自由に表現したいという想いにどこまでも寄り添えるように。「VOCALOID」と「だれでもピアノ」はまったく異なるように見えて、そんなやさしい世界の実現を共に描いている。耳をすまして聴こえてくるのは、自由の音なのかもしれない。
「ボーカル」と「アンドロイド」の組み合わせを想起させる特徴的な名前の「VOCALOID(ボーカロイド)」。「ボカロ」「ボカロ曲」「ボカロP」といった派生語も日常的にテレビやネットで取り上げられるようになり、VOCALOIDと結びついたキャラクターのゲーム、二次創作のイラストやマンガ、小説など、音楽以外の多彩な表現も続々と誕生した。いまやすっかり市民権を得たVOCALOIDだが、その広がりを支えてきたのが、「クリエイターの自由な表現に寄り添う」という決意であったことを知る人は少ない。
ヤマハが開発した歌声合成技術 VOCALOIDTMが最初に登場したのは2003年のこと。当初はあまり話題にならなかったが、2007年に第2世代のVOCALOID2が発表されると、大きな注目を集めることとなった。きっかけは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が制作したソフトウェア「初音ミク」の登場である。ポップでキュートな歌声のキャラクター。初音ミクは、当時普及しつつあった動画共有サービス「ニコニコ動画」やSNSの波に乗り、その快進撃とともにVOCALOIDの認知も一気に高まった。そこから自分の作った楽曲を手軽に発信できるようになり、VOCALOIDで楽曲を作るクリエイターは、リスナーから「ボカロP」と親しまれ、ヒットチャートを席巻するような数々のボカロ曲を生み出したのである。 *「ボカロP」の「P」はプロデューサーの「P」
クリエイターの表現や作品がこれまでよりも自由に発信できるようになる中、2022年10月には、第6世代となるVOCALOID 6が発表された。そこにはどのような想いが込められていたのだろうか。
すべての音楽クリエイターがボーカルを手にできるように
パソコンを使って音楽を制作するDTM(デスクトップミュージック)は1990年代から飛躍的な進化を遂げた。ピアノなどの楽器の音を楽曲に用いることはすぐ可能になったが、人間のリアルな歌声を合成する技術の実現は困難を極めた。しかし、ヤマハはその壁を超え、歌声を扱えるDTMソフトウェア「VOCALOID」をつくりあげたのである。
「パソコンの中にバーチャルなボーカリストがいる。そうイメージしてもらうと分かりやすいと思います」。VOCALOIDについてこう表現するのはマーケティングを担当する市川大だ。「メロディーと歌詞を打ち込むだけで、パソコンから歌声が流れ出す。特別なレコーディングスタジオがなくてもボーカル曲を作れるのが一番の特徴です」。
歌付きの楽曲を制作するには、実は多くのハードルがある。スタジオや録音機材を確保する資金力がなければならないし、居住地域・居住環境による制限もある。何より、自分で歌えなければ、誰か歌ってくれる人を探さなければならない。「自分で歌える方でも、自宅での録音は周りに気を使うし、第三者に歌ってもらう場合でも歌い方のオーダーを言葉でうまく伝えられなかったり、何回も歌い直しをお願いしにくいといったハードルがある。VOCALOIDにはそういった制約がほとんどありません」と企画担当の吉田雅史はメリットを挙げた。VOCALOIDがあれば、誰もが同じ条件下で、ボーカルを取り入れた楽曲制作にチャレンジできる。それはボーカル曲づくりに挑戦したいと願うすべての人たちを後押しすることに他ならない。
「VOCALOIDによって、誰でもボーカルがある曲をつくれるようになりました」。こう語る吉田は、VOCALOIDの生みの親である剣持秀紀に誘われてヤマハに中途入社した。前職では音響機器のサポートやセッティングなどを担当し、場を盛り上げる空間の音響デザインにこだわった。仕事の内容は異なるものの、表現者に寄り添い続ける姿はVOCALOIDに携わる今も変わっていない。
つくり手がもっと音楽に打ち込めるように
最新のVOCALOID6は、かつてないほど自由なボーカル表現を可能にした。その立役者は、AI技術を用いた新しい歌声合成エンジン「VOCALOID:AI」である。人間の幅広い歌唱表現を学習したAIによって、誰もがナチュラルで表現力豊かな歌声を合成できるようになった。 さらに、クリエイター自身の歌声をVOCALOID6専用ボイスバンクで再現できる機能「VOCALO CHANGER」(ボカロチェンジャー)や、日本語と英語を織り交ぜて歌わせる機能も実現し、クリエイターがつくりだせる表現の幅は一気に広がった。「いままでのVOCALOIDだと、『tell me』 と歌わせたい場合は『テルミー』とカタカナで入力していましたが、それだと不自然なカタコトの英語になってしまう。このカタコト英語を自然な英語の発音に直すためには、高度なテクニックや時間が必要です。特にJ-POPでは、英語が入った歌詞が当たり前のようにあるので、自然な英語発音で簡単に歌わせることができれば、“ここの歌詞は英語で書こう”というアイデアにもすぐに応えられ、今まで以上に音楽制作を楽しめると思っています」(吉田)。
言語の制約から開放され、新たな表現機能を手にしたクリエイターは、もっと自由な音楽表現を模索するようになるだろう。「VOCALOID6によって、クリエイターの選択肢は各段に広がったと思います」。こう語る市川自身も、中学生の頃からDTMやDJを楽しんできた。音楽に関わる仕事をしたいとヤマハに入社し、今ではクリエイターの挑戦を後押ししている。「担当商品のVOCALOIDやシンセサイザーは、自分の趣味や好みに合っているし、いつもわくわくしながら仕事していますよ」。
表現する余白をチューニング
VOCALOIDで「ボーカル曲をつくりたい」と思うすべての人に同じスタートラインを提供できたのではないかと考えながらも、それは決して「楽曲制作を簡単にするものではない」と、吉田と市川は強調する。
「どんな楽器でも、演奏者が違えば音の響きも違ってきます。VOCALOIDも同じように、クリエイターの個性が表れるものにしたいんです」。それこそが楽器メーカーとして大切にしたいものだと市川は考えている。「VOCALOIDもピアノと同じ楽器です。誰が使っても同じような音しか出てこないようだったらつまらない楽器になると思います」と吉田も付け加える。
2019年、ヤマハは歌声合成の新技術「VOCALOID:AI」を使い、故人である美空ひばりさんの歌声再現の取り組みを支援したことが話題となった。この新技術を当時販売中だった「VOCALOID5」に搭載できないか?という話もあったが、吉田は「当時のAIは、特定の歌手を再現はできても、その歌手らしさの枠を越えたクリエイターの自由な表現要望に応えることは困難でした。確かにその再現度はすごいものの、自由に歌わせられなければ、それは “楽器” とは言えません」と振り返る。 楽器としてクリエイターの自由な制作活動にもっと寄り添えるように開発を進め、2022年10月、当時とは全く別の合成エンジン「VOCALOID:AI」を搭載した「VOCALOID6」を発売した。「VOCALOIDの価値は“歌声の楽器”であることです。クリエイターが自分の想いを込めて自分なりの表現ができる余白も残すため、チューニングには苦労しました」(吉田)
また、VOCALOID6に同梱するヤマハ純正専用ボイスバンクは、これまでのキャラクター性を強く打ち出すボイスバンクとは対照的に、名前とシルエット、イメージカラー以外の情報がない。声色の設計には徹底的にこだわった上で、キャラクター性はあえて出しすぎないよう工夫した。「ユーザーが限られた情報と声色からボーカリストの顔を想像して、オリジナルのキャラクターイメージを作ってくれることもあるんです。そんな時は、ユーザーの想像力を刺激できたとうれしくなりますね」(市川)。
クリエイターと一緒に自由な表現をしていきたい。VOCALOIDが表現したいと思う人に寄り添うためには、技術だけでなく豊かな感性も必要だった。技術と感性、その両方を大切にして生み出されたヤマハの製品やソリューションは数多い。次回は、そのうちの一つ「だれでもピアノ」の物語を紹介します。お楽しみに。
(取材日:2022年10月)
吉田雅史|Masafumi Yoshida
電子楽器開発部 音響・コンテンツグループ 企画担当。PAの営業や、音響設備のセッティング、内視鏡のテストなどを幅広い職種を経験したのち、VOCALOIDの生みの親である剣持秀紀に誘われて2008年にヤマハ㈱に中途入社。現在は企画担当としてボイスバンクの開発などを行う。
市川 大|Dai Ichikawa
電子楽器事業部 電子楽器戦略企画グループ マーケティング担当。シンセサイザー等のマーケティングに携わりながら、2022年よりVOCALOIDも担当。国内外に向けてVOCALOIDの魅力を発信している。学生時代からDTMやDJ活動を楽しんだことから、音楽に関わる仕事を志してヤマハ㈱に入社。
※所属は取材当時のもの
『すべての人の“表現したい”がかなう世界』#2
指一本からはじまったユニバーサルなピアノ
『すべての人の“表現したい”がかなう世界』#3
自由の音が聴こえてくる楽器
共奏しあえる世界へ
人の想いが誰かに伝わり
誰かからまた誰かへとひろがっていく。
人と人、人と社会、そして技術と感性が
まるで音や音楽のように
共に奏でられる世界に向かって。
一人ひとりの大切なキーに、いま、
耳をすませてみませんか。
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