前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

彼女の親に「娘さんをください」と結婚の申し込みをするとき、何が一番難しいかというと、僕の場合は話を切り出すタイミングだった。栃木県にあるチーのお母様の家を訪ね、はじめましての挨拶を済ませたまではスムーズに事が進んだのだが、その後、お母様が用意してくれていた手料理をいただくことになり、僕はありがたく箸を動かしながらも、頭の中はいつ結婚話を切り出そうかでいっぱいだったのだ。

チーのお母様はイメージしていた通り、陽気で温かい雰囲気のご婦人だった。お喋りもお好きなようで、自慢の鍋料理をチーと僕に振舞いながら、他愛もない世間話を楽しそうに語ってくれた。一方のチーはお母様との久々の憩いに心の底からリラックスしているのか、いつになく顔の筋肉が緩んでいた。食卓のテレビには某人気お笑い番組が映っており、それを観ながら料理とお酒に舌鼓を打っている。つまり、このときの食卓には「今から結婚話をする」という緊張感がまるでなく、だからこそ僕は余計に結婚話を切り出しにくい状況に陥っていたわけだ。

さあ、どうしよう――。僕は頭を悩ませた。このリラックスした空気をいつどこで変えるべきか。本音を言えば、そこはチーに頼りたかった。「お母さん、今日は彼から大事な話があって……」そうお膳立てしてくれれば、あとは僕が進めていける。

かくして、僕はチーに意味深な視線を送った。頼む、きっかけを作ってくれ。そう目で訴えてみる。しかし、チーはまったく気づいてくれなかった。僕と目を合わせることなく、両頬をもぐもぐさせている。おのれ、チー。どこまでも能天気な奴だ。きっと今は食べることしか考えていないのだろう。

ダメだ、チーはまったく戦力にならない。僕は早くも白旗をあげた。だったら、この食事中に結婚話をするのは諦めようか。どっちみち今夜はお母様の家に泊めていただく予定だ。焦らなくても、まだまだ時間はたっぷりある。

そう思った瞬間、突然お母様が言った。

「そういえば、近所の○○さんとこの娘さんも今度結婚するみたいよ」

チーも子供の頃からよく知っているらしいご近所さんの名前を出しながら、さりげなく最近の近隣の結婚事情に話題を展開させたのだ。

「へえ、そうなんだ。良かったじゃん」チーは目を丸くさせながら、その話題に食いついた。「なかなか素敵な旦那さんらしいよ」お母様は僕にも語りかけてくれた。

ありがとうございます。僕は心の中でお母様に感謝した。これは間違いなく、結婚話のサインだ。お母様のほうからタイミングを作ってくれたと考えていいだろう。

このチャンスを逃しては男が廃る――。そう思って、僕は決意を固めた。チーとの結婚話を切り出すなら今しかない。行け、隆道。一世一代の大勝負だ。

「あの……お母さん」僕は勇気を振り絞って、声を出した。

「はい」お母様の顔色が明らかに変わった。

さっきまでのリラックスムードは一変。食卓にこの日一番の緊張が走った。

そんな中、チーの甲高い声が聞こえた。

「あ!」

なんだよ!? 僕とお母様の視線がチーに向く。

「ガリガリガリクソンだ!」

はあ――? なんだそれ。ひょっとして、あの太ったお笑い芸人のことか。

「ほらほら、ガリガリガリクソンだよ」チーはテレビを指差した。画面にはネタを披露するお笑い芸人・ガリガリガリクソンの姿。それが一体どうしたというのか。

すると、チーは能天気極まりない調子で言った。

「ガリガリじゃないのに変な名前だよねえ」

「知らねーよ!」僕は思わず声を出した。この大事なタイミングで、何を言い出すかと思ったらそんなことかよ。てめえ、空気ぐらい読めよなあ。

「この人はもうちょっと痩せたほうがいいと思う」チーは続けた。

「どうでもいいだろ、そんなこと!」

「このまま太り続けたら、病気になっちゃうよ」

「芸人だから別にいいんだって! 痩せたら芸風変わっちゃうだろ!」

「芸風よりも体のほうが大切じゃん」

「なんでおまえがそんな心配するんだよ!」

こうして、せっかくお母様に作っていただいた千載一遇のチャンスは、チーの場違いなガリガリガリクソン発言によって完全に振り出しに戻ってしまった。

まったく、とんだ天然娘だ。僕はいつになったら結婚話ができるのだろう。

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