年間1,000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施する武神健之氏(医師、医学博士、日本医師会認定産業医)が職場のストレスとコミュニケーションについて解説します。

  • 一見「人のいい上司」に落とし穴!?(写真:マイナビニュース)

    一見「人のいい上司」に落とし穴!?

これまで1万人以上の働く人と面談した産業医の結論として、組織でメンタル不調者を続出させるのは、必ずしもセクハラやパワハラ上長たちだけではありません。むしろ、一見人が良さそうな上長の態度が、メンタル不調者を続出していることもあります。

今回は、メンタル不調者が続出する組織の"人のいい"上長にありがちな致命的な2つの勘違いについて書かせていただきます。

「NGワードって何ですか?」はNG

1つ目は、産業医と話す機会があると、「メンタル不調者へのNGワードって何ですか?」と聞いてくる上長です。この質問は、メンタル不調者を出さないためのNGワードがあり、それさえ言わなければ大丈夫と思っての質問と察します。

インターネットで探してみると、高頻度で見つかるのが以下のような言葉です。

  1. メンタル不調者を励ます言葉はNG: 「がんばって!」「もっとできるよ!」

  2. メンタル不調という状態を軽視するような言葉はNG: 「本当に病気なの?」「どこが悪いの?」

  3. やる気がないことを責めるような言葉はNG: 「何でやらないの?」「また休むの?」

産業医として、上記すべての言葉をNGワードとすることに賛成します。実際に産業医面談の中でも、以下のような言葉を職場で言われてショックだったと、メンタル不調者を持ちながらも働いている社員から聞いたことがあります。

「なんで病気になるの?」
「あなたのテンションの低さについていけない……」
「どうせまた、すぐに診断書書いてもらうのでしょ」

しかし、メンタル不調者に対するNGワードは、あげだしたらきりがありません。実際にNGワードは多すぎて、すべてを暗記することはできません。

このような質問を受けたとき私は以下のように答えています。

「NGワードはありすぎて伝えきれません。伝えても覚えきれません。ただ、メンタル不調者と話すときは、何か言う前にぜひ、以下の言葉を自分の心に投げかけてみてください。

『その言葉を言って、一番満足するのは誰ですか?』」

その答えが「自分」の場合であれば、その言葉は言う必要のない言葉かもしれませんね。

「期待を示す」と「期待すること」とは違う

  • 「期待」には背景にある関係性が大切

    「期待」には背景にある関係性が大切

2つ目の勘違いは、部下に期待をかける(期待をする)上長です。

たまにメンタルヘルス不調で休職になった人の上司と話すと、「●●さんには期待していたんだけどなあ」と言われることがあります。

メンタルヘルス不調人を出さない上司は、そもそもそのようなことを言いません。なぜなら彼彼女らは、部下に期待をするのではなく、期待を"示し"ているからです。彼彼女らは、期待は"する"ものではなく、"示す"ものなのであることを知っているのです。

解説します。

「期待する」は単に自分が期待するという行為なのですが、その期待に応えるか否かという責任が相手に委ねられてしまっています。しかし、よく考えてみると、自分が期待をしているから相手がやらなければならない、という道理は何もありません。

本来、「期待する」のは自分の勝手な行為なのだから、その責任は自分にあるべきはずなのに、いつのまにか期待に応えるか否かは相手の責任になってしまうのが、「期待する」という行為なのです。期待をするというのは一見、自分の行為に見えますが、最終的には「他責」の行為なのです。

期待は示した以上に、背景にある関係性も大切

一方、期待を示すことも同様に自主的な行為ですが、あくまで期待を示すのみで終わり、相手の責任にするものは何もありません。

大切なのは、自分が期待を示したとき、相手がその期待に応えたいと思ってくれるかどうかです。

誰でも、知らない人や好きでもない人から期待を示されてもわずらわしいだけですが、尊敬している上司から期待を示されたら人は自発的に期待に応えようと思うものです。

つまり、示された期待に応えようとするかどうかは、自分と相手の関係性のなかで成り立っているのです。相手のことを尊敬していたり、大切に思っていたりすれば相手は期待に応えようとしてくれるでしょうし、良好な関係性でなければ、相手が期待に応えようと思う道理がありません。

まとめると、期待をするのは一方的な感情です。期待を示すのは、信頼している上司になら部下は期待に応えようと思うでしょう。良好な人間関係が構築できていれば、期待を示すだけで、部下は自主的に動いてくれるのです。

メンタルヘルス不調者を出さない会社の人々を、このことを知っています。日頃から良好な人間関係を築いておき、そこに期待を示すだけなのです。すると部下は、自主的にその期待に応えようとしますので、やらされ感ではなくやりがいを働きます。結果、メンタルヘルス不調者が出にくいのです。

以上、すべての上長の方々のお役に立てれば幸いです。

※画像と本文は関係ありません

著者プロフィール: 武神健之(たけがみけんじ)

医師、医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス株式会社、日本風力開発株式会社といった一流外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立。「不安とストレスに上手に対処するための技術」「落ち込まないための手法」などを説いている。
著書に『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書―上司のための「みる・きく・はなす」技術』(きずな出版)がある。