ホンダの新型「ヴェゼル」が参入し、ますます競争が激化しそうなコンパクトSUVの世界。「ヤリスクロス」「C-HR」「ライズ」を擁するトヨタ自動車は盤石の横綱相撲を展開しているが、ホンダは一矢報いることができるのか。ヴェゼルに試乗して考えた。
「ヴェゼル」刷新でトヨタの独走状態に変化?
コンパクトSUVは世界的に人気で競合車種も多い。日本国内の状況を見ると、2020年(暦年)の乗用車販売台数(一般社団法人自動車販売協会連合会のデータ)は1位がトヨタ「ヤリス」、2位が同「ライズ」。ヤリスクロスはコンパクトハッチバック車「ヤリス」との合算なので販売台数の実態をつかみにくいが、詳細を見ていくと、ヤリスとして示される販売実績の半数以上はヤリスクロスという傾向が続いているようだ。実際、街で見かける機会も増えた。
5ナンバーSUVの「ライズ」は2021年になっても好調をキープしており、乗用車の販売台数ランキングでも常にベスト10圏内に顔を出し続けている。4月には販売を盛り返し、4位に着けたほどだ。
こうしたコンパクトSUV人気に火をつけたクルマの1台が、ホンダの初代「ヴェゼル」だった。2013年に登場した初代は累計45万台が売れていて、SUVの年間販売台数No.1を計4回も獲得している。そんなヴェゼルが8年ぶりにフルモデルチェンジし、2代目となった。
ヴェゼルの人気は底堅い。ヴェゼルの人気を受けて登場したトヨタ「C-HR」に一時は販売台数で差をつけられたが、モデルチェンジを控えた2021年1~2月の時点では、前型でもC-HRを上回る販売を記録。モデル末期でありながら高い競争力を発揮したのだ。
C-HRが次にいつモデルチェンジするのかは、今のところわからない。そこで、直接的な競合といえるかどうかはともかくも、現時点での人気コンパクトSUVであるヤリスクロスと新型ヴェゼルを比べ、どこに注目すべきかを考えてみたい。
人気の「ヤリスクロス」、その強みと弱点
ヤリスクロスは、コンパクトハッチバック車であるヤリスを基に開発されたSUVだ。ヤリスは「ヴィッツ」の単なる後継車というだけでなく、トヨタが小型車用の「TNGA」(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー、新しいプラットフォームを核とするトヨタの設計思想)で開発したクルマの第1弾であり、走行性能などが格段に進化している。
TNGAは車種展開を視野に入れて基本性能を十分に作り込んであるため、実際に車種を増やす際にはその部分の投資を抑えられる。その分、車種ごとの性能をより高めることができるのだ。そうした成果は「プリウス」の後に登場した「C-HR」、「カムリ」の後に登場した「RAV4」や「ハリアー」などで存分に発揮され、それぞれの車種が優れた販売成績を残している。
したがってヤリスの人気はもちろん、ヤリスクロスが「ヤリス」として表示される販売実績を高い次元で維持する原動力となっていることにも納得できる。実際、ヤリスクロスに試乗して強く印象に残ったのは、SUVとしての実用性や利便性が高いだけでなく、背の高いSUVでありながら、走行感覚がコンパクトカーのヤリスを運転しているかのように俊敏かつ的確で、爽快な印象をもたらしたところだ。そうした操縦安定性の高さが、運転者に安心を感じさせるのである。
5ナンバー車のヤリスに対しヤリスクロスは3ナンバー車となるが、車幅が若干広い程度でそれほど大柄には感じない。5ナンバーSUVを希望するのであれば、トヨタにはライズがある。こちらはダイハツと共同開発したSUVだ。ただし、ライズにはハイブリッド車(HV)がないので、HVを希望するのであればヤリスクロスを選ぶことになるだろう。
ヤリスクロスでもうひとつ印象に残ったのは、4輪駆動車の走破性能だ。これは、車格が上のRAV4の技術を応用しているとのことで、未舗装路でも確かな走りを見せてくれそうだ。人工的に悪路を模した場所では試乗してみたものの、実際に未舗装路や雪道での運転はできていないので、想像の部分もある。
ヤリスクロスで気掛かりな点があるとすれば、ヤリス/ヤリスクロス用に新開発された直列3気筒エンジンのハイブリッドシステムだ。もちろん、燃費や動力性能の面で不足があるわけではない。しかし、例えばプリウスなどに搭載される直列4気筒エンジンのハイブリッドシステムに比べると、直列3気筒エンジンならではの振動と騒音は大きくて気になる。静粛性もHVの魅力なので、価値を実感しにくい。
この振動と騒音の問題については、直列4気筒エンジンでも生じ始めている。トヨタはHVとしての燃費向上はもちろん、ガソリンエンジンの潜在能力を高めようと熱効率の向上に注力しており、実際に40%以上という成果を実現してはいるものの、効率向上の一方で振動や騒音は悪化しているのだ。このことは、開発した技術者も認めるところである。性能の進化はあっても、総合的な商品性を落としてしまっているのが最新のトヨタのハイブリッドシステムといえそうだ。そこが、ヤリスクロスの弱点にもなっている。
新型「ヴェゼル」はトヨタ勢に対抗できるか
新型ヴェゼルは発売後の受注が約3万台に及び、そのうち93%がHVであるという。日本市場のHV人気を明らかにする数値だ。それというのも、ホンダは2輪、4輪、汎用の各事業を通じて、世界一のエンジンメーカーであるからだ。そのホンダに対してさえ、消費者は電動化を望んでいる実態が明らかになった。
この4月に新たに就任したホンダの三部敏宏社長は、2040年までに4輪の新車すべてを電気自動車(EV)あるいは燃料電池車(FCV)にすると表明した。今回のヴェゼルはEVやFCVでこそないものの、人気のコンパクトSUV分野において、電動化の一端であるHVで成果をあげたといえるのではないか。
ヴェゼルが搭載するのはホンダが「e:HEV」と名付けた2モーター構成のハイブリッドシステム。モーター駆動が主軸で、走りの主体はシリーズハイブリッド形式だ。つまり、ほとんどの走行状況でモーター駆動となり、エンジンはそのための発電機能を担う。ただし、日産自動車の「e-POWER」とは異なり、高速域での巡行走行ではガソリンエンジンのみで走るときもある。システム全体でエネルギー効率の高い走り方を選択するという考え方である。
e:HEVは小型車「フィット」も搭載しているシステムだ。フィットの場合は運転しているとモーター駆動の実感が伝わってきて静粛性も高いのだが、一方でヴェゼルの場合、車両重量が重くなるせいでもあるのだろうが、エンジンが発電していることをより意識させる。したがって、「e-POWER」を採用するSUVの日産「キックス」ほどのモーター走行感覚はない。それでも、前後席ともに車内の静粛性は高く、上級SUVの印象を与える。
ヴェゼルの後席の快適性は飛躍的によくなっている。前後左右どの席に座っても、快適に長距離移動ができそうだ。車体寸法は前型とほぼ変わらないが、室内は広々として快い。これにより、実は荷室容量が前型に比べると若干、数値的には小さくなっているのだが、積載性が改善されているので物をどんどん積み込めそうな空間になっている。
総合的に性能や機能を大きく進化させたというのが、新型ヴェゼルに対する評価である。
販売競争の行方は
では、この先、ヤリスクロスとヴェゼルの販売競争はどうなっていくのだろうか。
ヴェゼルは初期受注で約3万台の注文を獲得した。月間5,000台が計画台数なので、半年先までの注文が埋まったといえる。数そのものではヤリスクロスを下回るかもしれないが、計画台数から考えると、ホンダの予想以上の人気ぶりであることは間違いない。
月販5,000台という数字についても、販売店の数でいうとホンダはトヨタの半分以下なので、トヨタと同等の販売ネットワークを持っているとしたら、2倍の台数が売れてもおかしくない。そうすると、ヤリスクロスと真っ向勝負の台数とも考えられる。もしもの話は栓無きことではあるが、新型ヴェゼルがヤリスクロスに引けを取らない人気を集めていることを考察するうえでの試算だ。
ヴェゼルよりやや小型であることは、ヤリスクロスの強みだといえる。運転はしやすいし、狭い車庫でも駐車は楽だ。日常的な利用では、小さな車体の恩恵は大きい。
一方、ヴェゼルはやや大柄にはなるが、それでもC-HRと変わらないサイズ感だから、これまで同様、幅広い消費者にとって有力な選択肢となるだろう。そのうえで、前後の席の快適性を含め、コンパクトSUVでありながら上質さを備えた車種としての魅力は高い。また、新たにプロペラシャフトで後輪駆動を行う4WDを採用したことで、ヤリスクロスやRAV4と同様の悪路走破性も手に入れているようだ。未舗装路での試乗はできていないものの、ヤリスクロス同様、人工の悪路での模擬走行をこなしているので、その能力については同等といえる。
コンパクトSUV人気が続くなかで、ヤリスクロスとヴェゼルはそれぞれの個性を持ちつつ、競合として注目を集めていきそうだ。モデルチェンジの時期も内容も現時点では不明だが、この勝負に割って入るとすれば次期型のC-HRだろう。