コンピューターが不具合を起こすといわれた「2000年問題」をきっかけに、「●●年問題」という言葉が定着したように思う。たとえば「2007年問題」として「団塊の世代の一斉退職」、「2011年問題」として「テレビの地上波放送のデジタル化」、「2012年問題」として「都心の大型オフィスビル建設による空室供給過剰」などがある。

さらに「2018年問題」として「少子化による大学経営危機」、「2025年問題」として「団塊の世代が後期高齢者となり、医療や社会保障費が激増」あるいは「昭和100年となり、昭和2ケタを継続して扱うコンピュータシステムの不具合」が懸念されている。このように、「●●年問題」はあらゆる分野で使われるけれど、実際にはそれまでに対応され、実害は少ないようだ。「●●年問題」は予言の言葉として機能している気がする。

  • 硬券きっぷに日付を入れる機械「ダッチングマシーン」(画像提供 : 関東交通印刷)

ところで現在、鉄道業界の一部で「平成30年問題」が起きていることをご存知だろうか。こちらも対策しないと不便なことになる。「2018年問題」ではなく「平成30年問題」である理由は、「硬券きっぷの日付刻印機で『平成30年』を打てなくなる問題」だから。

硬券きっぷとは、昔ながらの厚紙のきっぷだ。現在は「軟券きっぷ」といって、自動券売機でロール紙を切って発行するタイプが主流だし、大都市などでICカード乗車券が普及したため、きっぷそのものを見る機会も少なくなった。しかし、静岡県の岳南鉄道のように、現在も硬券きっぷを販売する会社がある。大手私鉄やJRでも、「懐かしいアイテム」として記念きっぷに使われる事例もある。

きっぷを販売するときには発券日が記載される。硬券きっぷを発行する場合は次のような手順になる。あらかじめ印刷されたきっぷを取り出し、手に持ったまま小さな機械に通す。するとガチャンと音がして、きっぷの端に日付が入る。平成29年12月30日の場合、「29.12.30」という6桁の数字だ。この日付を入れるための小さな機械を「ダッチングマシーン」という。

十の位の「3」がない!

「平成30年問題」とは、このダッチングマシーンが平成30年に対応できない問題だ。年の部分の十の位に「3」がない。だから平成30年以降の年を刻印できない。ダッチングマシーンのメーカーがアフターサービスで対応すべきところだろうけど、すでにダッチングマシーンの製造・販売から撤退しているという。かつては全国の駅の常備品だったけれど、自動券売機が普及した現代では採算に合わない。無理もないことだ。

記念きっぷの中にはダッチングマシーンの使用をあきらめ、市販の日付印で代用するなどの対応が行われることもあるようだ。しかし、まだ硬券を常用している会社にとっては、いったん手を離して日付印を押すより、さっと日付を刻印できるダッチングマシーンを使い続けたい。きっぷ券売機だけでは足りず、繁忙期に窓口できっぷを販売するなど、まだまだダッチングマシーンを使っている駅はある。

そこで、現在も硬券きっぷを製造し、鉄道会社に納入している「関東交通印刷株式会社」が、ダッチングマシーンを製造していた「天虎工業株式会社」と2016年にライセンス契約を結び、交換用の「数字ホイル」を製造している。ただし、ダッチングマシーン本体の製造販売は行っていない。現在使用中のダッチングマシーンのみ対応する。岳南鉄道も関東交通印刷に対応してもらったそうだ。

  • ダッチングマシーンのしくみ。左からきっぷを差し込み、右へスライドして通過させると日付が刻印されている。赤い輪の部分が数字ホイル

しかし、ここで筆者には疑問が湧いた。

「そもそもなぜ、年の十の位に3がないのか」

市販のダイヤル式日付印機やナンバリングマシンを見れば、どのダイヤルにも「0」から「9」までの数字が入っている。ダッチングマシーンの他の桁にしても「0」から「9」まである。どうして年の十の位だけ「3」がないのか。昭和は64年まであった。当時の機械なら少なくとも「6」まであったはずではないか。

関東交通印刷に聞いてみた。

「日付印字の数字ホイルですが、年月日のそれぞれ2桁、合計6輪で1輪ずつ回して日付を合わせます」

たしかに。ダイヤル部分の数字がある部品は「数字ホイル」というそうだ。

「年の十の位は10年間、回すことなく硬券に打刻します。そのため、他の桁より使用頻度が高くて摩耗が進みます」

ああ、そうか。紙に打つとしても、少しずつ摩耗していくわけだ。

「そこで、摩耗してもホイルを回して同じ数字を表示することで、ホイルの交換をしないで済むようにしたのです」

なるほど!

たしかに日付印の場合、桁によって稼働日が異なる。日の一の位は年間で約36日、日の十の位は「1」「2」が約120日で「3」が約18日、これに対し、年の一の位は約365日そのままだし、年の十の位は10年間も使い続けるから、約3,650日にもなる。1日に何枚もきっぷを売るから、使用回数はもっと大きくなるだろう。年の十の位は他の位と比べて使用回数がはるかに多くなる。まさに「桁違い」だ。

「摩耗に関しては、おそらく10万枚くらいは持つと思います」と関東交通印刷の担当者は言う。しかし、毎日、何回も使う機械だ。回数を重ねれば到達してしまう数字である。年の十の位の数字はとくに摩耗が早いだろう。1日に100回使ったとして、10年間で約36万5,000回だ。そこで「0」から「9」までの1文字ずつではなく、10個の枠にたとえば「1・1・1・1・2・2・2・2・-・-」などを入れた。「-」は1桁のみの年に使う記号だ。

関東交通印刷によると、天虎工業製のダッチングマシーンは昭和40年代から製造されたため、年の十の位は「4・5・6・1・2」の数字を使ったモデルしかなかった。昭和50年代は「5・6・1」しかないモデルもあり、「平成20年問題」もあったという。昭和末期に「2」を組み入れたモデルも出たけれど、「3」を組み込んだ製品はもともとなかった。平成30年になって、まだ硬券が使われているとは予測できなかったのかもしれない。

鉄道業界の「平成30年問題」は関東交通印刷が解決してくれた。よかったよかった。