東京都内には「多摩川線」が2つある。西武鉄道と東急電鉄の路線だ。なんだか紛らわしいと思うけれど、じつはまったく同じ名前ではない。西武鉄道の多摩川線は正式な路線名も多摩川線だ。一方、東急電鉄のほうは「東急多摩川線」が正式な路線名である。
先に「多摩川線」を採用した会社は西武鉄道だった。1917年に多摩鉄道の路線として境(現・武蔵境)~北多磨(現・白糸台)間が開業した。1922年に是政駅まで延伸して全線開業。1927年に(旧)西武鉄道と合併して多摩線となった。その後、是政線、武蔵境線と名前を変えた時期があったようだ。「多摩川線」は1955年から正式名称になった。
「東急多摩川線」も歴史は長い。1923年に目黒蒲田電鉄の目黒線として目黒~丸子(現・沼部)間が先行開業した。同年11月に蒲田駅まで全通して目蒲線となった。目蒲線時代は77年間も続いたけれど、2000年に多摩川駅を境に運行系統が分離され、多摩川~蒲田間が「東急多摩川線」になった。目黒~多摩川間は目黒線となり、東横線の複々線区間に組み込まれて日吉駅に至る。
東急電鉄の駅構内の看板や路線図を見ると、たしかに「東急多摩川線」と表記されている。大井町線や池上線には「東急」が付かないけれど、東急多摩川線は「東急」が付く。これで西武鉄道の多摩川線と区別したつもりなのだろう。JR新宿駅と離れた西武鉄道の駅を「西武新宿駅」としたような感覚だ。
しかし、どうせ名前を付けるなら「東急」を被せた東急多摩川線ではなく、もっと区別しやすい名前でもよかったと思われる。目黒線は起点の駅を採用しているから、目蒲線の終点の駅から「蒲田線」のほうが腑に落ちる。ただし、そうなると同じ蒲田駅を発着する池上線と混同しそうか。それなら池上線のように中間の主要駅をとって「沼部線」「鵜の木線」「矢口渡線」という案はなかったのだろうか。いや、東横線やかつての目蒲線のように、路線の両端の駅を取って「多蒲線」でもよかったのに……。
東急電鉄の広報に聞いてみた。
「東急多摩川線の名称は、"多摩川から出ている""多摩川沿いを走る路線"として、わかりやすさを重視して採用しました。ご指摘のように、他社様にも多摩川線があるため、東急多摩川線としました。名称の決定にあたって公募は実施していません。名称決定にあたっては特に異論があったという記録もなく、すんなりと決まったようです」
目蒲線を分割するとき、誰ともなく「多摩川線のほうは……」と使い始めて、正式に決めるときに他の路線との重複に配慮して「東急」を付けたのではないかと推察される。大井町線や目黒線が起点駅を路線名に採用したと考えれば、東急多摩川線もまた、新しい起点駅(多摩川駅)にちなんだといえる。東急電鉄の路線名としては異例の「東急」付きだけど、道理に適っているともいえそうだ。
ちなみに、鉄道会社名や会社名略称を付けた路線名は、他にも「西武秩父線」「西武有楽町線」「JR東西線」などがある。いずれも近隣の類似する路線名と区別できる。