日常会話でディーゼルカーを「電車」と呼ぶと、したり顔の鉄道ファンは必ず「あれは電車ではなく気動車」とツッコミを入れる。テレビやラジオで言おうものなら、放送局にクレームの電話があるようだ。ときどき「先ほど電車と言いましたが……」という訂正があったりする。
徳島県は電車が走っていない(白地図専門店の地図素材を使用) |
いまや「電車」という言葉は列車の代名詞のように使われているわけだし、日常生活で気動車を「電車」と言っても差し支えないだろう。「あれは電車じゃない、気動車だ」なんて「野暮なツッコミ」と思われそうだ。かくいう筆者も、気動車に対して「電車」と呼んでいる場面に出くわすと耳に引っかかる。でも会話ではつい「電車」と言ってしまったりする。どっちでもいいじゃないかと思いつつ、やっぱり気になる。
しかし徳島県で「電車」と言うと、鉄道ファンだけではなく、一般の人からも「あれは汽車だ」とツッコミが入るらしい。なぜなら徳島県は日本の47都道府県でただひとつ、電車が走っていない県だから。徳島の人はそれを気にするのか習慣からか、鉄道の列車を「汽車」と呼ぶそうだ。ただ鉄道ファンとしては、汽車といえば蒸気機関車のイメージが強い。徳島県の人々にも「汽車ではなくて気動車」とツッコみたくなる。
かつて電鉄会社はあったけれど……
それはともかく、たしかに徳島県には電車が走っていない。そもそも電化路線がない。沖縄県のモノレール「ゆいレール」は電気で動くから電車だし、四国の他の3県は電車が走っている。JR四国の電化路線は香川県と愛媛県に跨がり、瀬戸大橋を通って岡山駅まで結ぶ電車特急が走っている。高知県のJR四国の路線は非電化だけど、とさでん交通の路面電車がある。他に電車がなさそうな……というと失礼だけど、島根県や鳥取県も電化路線があり、東京駅と出雲市駅を結ぶ寝台特急「サンライズ出雲」は電車特急である。
なぜ徳島県に電化路線がないか? その理由を一言で表すと、「私鉄が発達しなかったから」ということになりそうだ。いや、私鉄は誕生したけれど、すべて鉄道国有法によって国営化されている。
徳島駅周辺では、官営鉄道が建設される以前に徳島鉄道と阿波電気鉄道が路線を築いていた。しかし高松と徳島を結ぶルートは国有化され、高徳線となっている。鳴門線も元は阿波電気鉄道の路線だった。「阿波電気鉄道」は1911年、「阿波電気軌道」として国から鉄道免許を受け、1912年に「阿波電気鉄道」として設立された。社名に「電気」の文字があるけれど、これは予定に終わり、実際には電化されていない。「幻の電鉄」というわけだ。
徳島駅から南の小松島港までは、阿波国共同汽船が軽便鉄道として開業させた。小松島港と大阪港を結ぶ航路があり、船と鉄道で大阪と徳島を結んでいた。実際には、鉄道部分は国が借り上げていたという。その途中の中田駅からさらに南へ、古庄駅までは阿南鉄道が建設した。これらの路線は国有化されて牟岐線・小松島線となり、小松島線は後に廃止されている。徳島駅から西へ向かい、船戸駅までは前出の徳島鉄道の路線だった。こちらも国に買収され、官営鉄道が阿波池田駅へ延伸している。
牟岐線の終点、海部駅から南の甲浦駅を結ぶ阿佐海岸鉄道も非電化路線として開業した。徳島県の私鉄がすべて国有化された1936年以降、徳島県の鉄道は官営鉄道のみ。官営鉄道は後に国鉄となり、現在のJR四国に引き継がれる。1992年に第3セクター鉄道の阿佐海岸鉄道が開業するまで、徳島県の鉄道はJR四国だけだった。そして現在も全線非電化である。
これからも徳島県に架線は設置されない!?
徳島県には電化路線がなく、電車が走っていなかった。しかし、その非電化の歴史は2014年1月に幕を閉じた。近畿車輛が開発したバッテリー充電式の電車「Smart BEST」の試験走行が行われ、徳島県の鉄道路線を電車が走ったからだ。ただし、「Smart BEST」はJR東日本が烏山線で運行しているEV-E301系「ACCUM」のような完全な電車ではない。
「Smart BEST」はバッテリーとモーターで走行するとはいえ、充電用として搭載されたディーゼル発電機を使う。構造としてはJR東日本が小海線で運行しているハイブリッド車両キハE200形に似ている。もっとも、キハE200形ではディーゼル発電機が駆動しており、一方の「Smart BEST」はバッテリーのみで走行可能。そのときは電気だけで走るから「電車」といっても間違いではない。
「Smart BEST」はJR四国での試験の後、2014年9~12月に和歌山県で臨時列車「ハローキティ和歌山号」として運用実績を作った。徳島県内のJR四国路線には電化の計画はなさそうだし、こうした電車が導入されるとすれば、徳島県は歴史上、架線が設置されない県になるかもしれない。でもそれは費用削減や保守面だけではなく、景観上も良いことだ。非電化を逆手にとって、屋根に展望ガラスを設置した「電車」の登場に期待したい。