JR東日本は東京都港区の田町~品川間に新駅を作ると発表した。駅名は未定で、公募の可能性もあるという。新駅付近には都営地下鉄と京急電鉄の「泉岳寺駅」がある。ならば、「新駅も泉岳寺で……」と思うけれど、この駅名はいわく付き。駅名の由来となった泉岳寺から、使用差し止め訴訟を起こされた過去がある。

京急電鉄2100形の快特泉岳寺行

泉岳寺といえば由緒あるお寺だ。演劇やドラマなどで有名な『忠臣蔵』で登場する。日本史では、「元禄赤穂事件」と呼ばれている。赤穂藩主の浅野内匠頭が上野国長官の吉良上野介に辱められ、逆らって刃傷沙汰を起こしたため切腹を命じられる。この件で浅野を慕う赤穂浪士(元赤穂藩士)たちが江戸に向かい、吉良を切って主君の敵を討つという話。この赤穂浪士と浅野内匠頭の墓があるお寺が泉岳寺だ。

泉岳寺は曹洞宗のお寺だ。赤穂藩主浅野家の菩提寺であった。1612年に徳川家康が今川義元の菩提を弔うために創建した。当初は桜田門外、いまの霞ヶ関周辺にあった。しかし、1641年の寛永の大火で消失し、高輪に移転した。鉄道ファンには1900(明治33)年に作られた『鉄道唱歌』に登場するお寺としても知られている。2番に「右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ 雪は消えても消えのこる 名は千載の後までも」と歌われている。

この泉岳寺の最寄り駅はもちろん「泉岳寺駅」だ。泉岳寺へ行くなら泉岳寺駅で降りれば良い。参拝客にはわかりやすいし、泉岳寺にとっても駅名に採用されたから、良い宣伝になっているはず……。ところが1993年、泉岳寺は東京都に対し、駅名の使用差し止めを求めて裁判を起こした。泉岳寺駅開業から25年後だ。東京地方裁判所は翌年に却下。泉岳寺側は東京高裁に控訴したものの、1996年に敗訴。さらに控訴して最高裁判所まで争った。それでも訴えは認められなかった。

駅名に使われるデメリットとは?

地名や施設名が駅名になるなんて、一般的にはとても名誉なことだ。東京メトロ銀座線の三越前駅は、建設時に三越が費用を負担し、その代わり駅名に三越の名を入れた。北海道新幹線の新駅名となった「新函館北斗」は、北斗市が駅名に採用されるようはたらきかけていた。近年ではいすみ鉄道が大多喜駅の命名権を販売し、「デンタルサポート大多喜駅」としている。お金を払ってでも駅名に採用されたいと考える企業もあるわけだ。

では、なぜ泉岳寺は「泉岳寺駅」が不服だったか? 泉岳寺側が訴えた根拠は、不正競争防止法第二条一項の一である。泉岳寺の名を勝手に使うことは泉岳寺の商標権を侵害している、という主張だった。

第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

第二条一項の一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為(この条文は平成5年改正後)

本来ならメリットがある駅名採用だけど、泉岳寺にとっては違った。駅名採用を不服と訴えた背景には、「泉岳寺に列車の運行情報や忘れ物を問い合わせる電話が多く、業務に支障があった」「泉岳寺という地名はないにもかかわらず、駅名にあるというだけで泉岳寺マンションなどの建物が増える。それらがすべて泉岳寺の経営と混同される恐れがあった」などが挙げられるようだ。宗教法人が不動産ビジネスで儲けているような印象を与えかねない、という判断もあったらしい。

これに対し、裁判所の判断は、「泉岳寺駅は東京都の地下鉄事業であることは明らかであり、泉岳寺の経営と混同される恐れはない」だった。泉岳寺と都営地下鉄はビジネスで競争関係にないから、東京都が泉岳寺の商標権を侵害したとは言えないという。

駅名に使われた結果、実際に泉岳寺駅は迷惑を被っただろうから、泉岳寺には気の毒な結果になってしまった。しかし裁判所の判断は、「東京都は鉄道事業として駅名を使っているから、不動産の商標権の侵害とは筋違い」ということだろう。一般的に鉄道事業がお寺を経営することはなく、お寺が鉄道事業を行うこともない。

ただし、裁判所からは、「泉岳寺マンションとなれば話は別」との意見もあったという。お寺が不動産収入を得る事例は多いから、建物名は商標権の侵害になりうるといえそうだ。