和田哲哉氏は、古くからの文房具好きには『文房具を楽しく使う』(ノート・手帳編/2004年、筆記具編/2005年、共に早川書房刊)で知られていると思います。

また、1997年にいち早く「ステーショナリープログラム」というWebサイトを開設。それ以前からのご自身の興味ともあいまってこの世界を長く見てきている方です。そしてたとえば「ロディアに興味を持ったが地元では買えない」という同サイトへの反響に応える形で、通販サイト「信頼文具舗」も開設しています。

 その和田氏の最新の著作が昨年12月に刊行された『「頭」が良くなる文房具』(2017年/双葉社)です。今回はこの本を紹介します。

  • 『「頭」が良くなる文房具』(2017年/双葉社)

一般ユーザーが仕事で使うシーンを想定してレクチャー 

結論から書くと同書は、入門者はもとより文具の世界に慣れ親しんだ人にも繰り返し読まれるべき良書だと思います。それは上述の情報と通販のサイトで披露され蓄積された知見であり、同時にメーカーと深く関わり製品開発の現場にも通暁しているそのキャリアゆえでしょう。それは本文の説得力とあいまって行間から伝わってきます。

本書が前提としているのは、ここ数年の文房具の世界の盛り上がりであり、そこに熱い視線を注ぐファンが少なくない状況です。またパソコンをはじめとするデジタル情報機器の普及です。

本書の第1章「文房具ワールドへようこそ」には、こんな一文があります。

「ここ15年ほどの短い間に、海外のスタイリッシュなノートや筆記具が日本でも簡単に買えるようになりウェブや雑誌で関連記事の掲載も増えました。万年筆も見事に復権を果たしました。そして日本の文房具メーカー各社にも活気が感じられます」(p.10)

同書では、一般ユーザーが仕事で使うシーンを想定して、レクチャーしています。文具の使い方や選び方に趣味や好みが入ることは認めつつも、あくまでも、そのツールの使いやすさやそれにあった場面にフォーカスしているのです。

また、そのツールを利用するに当たっての前提となる条件に必ず触れています。例えば筆記具。「○○社の○○モデル」を語る前に、持ち方や筆圧といった、人がその道具を使う上での条件を説明して読者に意識してもらおうとしています。それからボールペンならボールペンの構造を説明し、各社の各製品の構造と特徴を説明しているのです。

語り口もなめらか、かつロジカルです。するすると読んでいくうちに自然に納得できるようになっています。

本書では、主に著者と文房具の世界との関わりを語った第1章を皮切りに、「筆記具」「ノート」「手帳」「ふせん」「ファイリング」「デスクアクセサリー」のそれぞれに各章があてられ、第8章「すてきな文房具生活」で締めくくられています。

基本スタンスは、各ジャンルの文具についての基本解説とそのための具体例としての入門的アイテムの解説です。万年筆を例にあげれば、入門編としての「ラミー・サファリ」であり「ペリカーノ・ジュニア」、そして「パイロット・カクノ」です。

いずれも入手しやすい価格帯であり、ペン先の太さや、インクの湧出量などの点で評価され、推されているのですが、同書ではこんな要約では全く伝わらないぐらい親切かつロジカルに解説されているので、是非とも手に取って確かめてみてください。

文具の選び方の基準を学び、確認できる

この本は、読むことを通じて、そのジャンルについての知識を得られるだけでなく、物事の考え方の筋道をきちんと追体験することができます。これは著者が常に自分のものの考え方に自覚的であり、なおかつ、深い知識と経験があるからでしょう。だからなのか、ご自身の好みの方向性に言及しつつも、フェティッシュなこだわりのようなものとは無縁です。

前述の万年筆の項目では、入門製品の紹介の後に「万年筆らしい万年筆」について解説したパートがあります。ここではボディ形状やペン先の形状について解説したのち、いくつかの具体的な製品名に触れつつも、ペン先の太さやそれにあった使用シーンの解説に本文の多くが割かれています。つまり、読者の判断に任せているのです。

個人的には、この本を読みながら、現在の文房具を巡る状況が2つの意味でとても豊かで幸せであることを実感しました。一つは、各ジャンルのいろいろな文房具が自分の趣味嗜好に合わせて選択できる環境が、この日本にあることです。

そしてもう一つは、それらの各種文房具について、選び方の基準をこの本で学び、また確認できることです。

同書は手元に置いてことあるごとに見直し、自らの趣味嗜好や基準を、著者のものの見方を参考に確認する。そういう使い方にこの本はとても役立つと思います。それでいて、かろやか、かつロジカルな語り口を通じて、メーカーや個別の各製品に関する知識も得られます。

視点はあくまで一般の多くの人に役立つように配慮されています。自らの経験や考えは、説明の補助として登場することはあっても、それ自体で主張したり、これがいいと押しつけがましくなったりすることは皆無です。

著者の文房具に対する広範な知識と細密な視線を、文章を通じて追体験する。本書の読書体験とは、まさにそういうことだと感じました。

最後に、書名『「頭」がよくなる文房具』の意味について私なりの解釈をしておきます。帯をとるとあらわれる「STATIONARY THAT MAKES YOU SMART IN YOUR WORK」の一文からもわかるように、「適切に選んだ文具は、仕事において使い手の思想や思考を自然にアウトプットさせてくれる。その結果として新しい知見が得られる」という意味ではないかと思います。

舘神龍彦

  • alt
手帳評論家、ふせん大王。最新刊は『iPhone手帳術』(エイ出版社)。主な著書に『ふせんの技100』(エイ出版社)『システム手帳新入門!』(岩波書店)『意外と誰も教えてくれなかった手帳の基本』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『手帳カスタマイズ術』(ダイヤモンド社)など。また「マツコの知らない世界」(TBS)、「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)などテレビ出演多数。手帳の種類を問わずにユーザーが集まって活用方法をシェアするリアルイベント「手帳オフ」を2007年から開催するなど、トレンドセッターでもある。手帳活用の基本をまとめた歌「手帳音頭」を作詞作曲、YouTubeで発表するなど意外と幅広い活動をしている。

twitter :@tategamit
facebook :「手帳オフ」
Blog :「舘神Blog」