いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、三鷹の喫茶店「グラナダ」をご紹介。
「チーズハンバーグをサンキューで」の謎
三鷹に住んでいたころ、気になりながらも入ることができなかったお店があるのです。10数年暮らすなかで、何度となく前を通り過ぎていたにもかかわらず。
南口中央通りを10分ほど直進すると、連雀通りの少し手前右側に見えてくる「グラナダ」がそれ。
全体のつくりは見るからに古く、歴史のあるお店であることは容易に想像できます。とはいえ、正面右側の大きなガラス窓から見る限り照明は暗そうで、店内の様子が想像できないんですよね。そもそも、窓の左半分には蔦が絡まってるし。
つまり決して入りやすくはなく……などとほざいているうちに、かなりの時間が流れていったというわけ。
ただ、三鷹を離れて15年くらい経つのに、いまだに頭から離れず、ときどき思い出していたんですよ。ですから、たまたま三鷹でランチ難民になった先日、「だったらあの店に行ってみよう」と思い立ったのは当然の流れでもあったのでした。
レンガ仕立ての入り口では、おすすめメニューを紹介した手書きの黒板がお出迎え。丸っこい書体とかパームツリーのイラストとか、1980年代初頭あたりのカルチャーを思い出させます。
それはともかく、右側のドアを開けて店内に入ると、ちょっと驚かされたのでした。外からは暗く見えたのに、店内は明るく広く、そして清潔な雰囲気だったから。
すぐ右手に大きな丸テーブルがあり、その向こうにも大きめのテーブルが2つ。左側にも3卓のテーブル席があり、全体的なスペースもゆったりしています。
ちなみに左側、テレビと並ぶ本棚には、『キャプテン翼』型『ドカベン』『あぶさん』までさまざまな漫画の単行本がぎっしり。これはマスターの趣味なのかな?
そしてもうひとつ驚いたのは、お客さんの多さです。なんて表現はちと失礼かもしれませんが、午前11半すぎの段階でいくつかのテーブルは埋まっており、現場作業の昼休み中らしいグループから単身の主婦までが食事を楽しんでいるという状況。そんなところからも、この店の評価の高さが想像できようというものですよね。
真ん中の席に座ると、お水を持ってきてくださった女性の店員さんが「本日のランチはこちらです」と壁のほうを指さします。見ると、これまた手づくり感満載の「本日のランチ」の表示が。そこで、最初に目についたいちばん上の「チーズハンバーグ」をオーダーすることにしました。
でもね、改めてそのメニューを確認してみて、気づいたことがあったんですよ。「サンキュードライカレー」「サンキューエビピラフ」「サンキューカレーライス」「サンキューハヤシライス」と、チーズハンバーグ以外はすべて「サンキュー」つきなんですねえ。
しかも、そののち隣の席にきた3人組のお客さんは、「サンキューハヤシライスと、サンキューエビピラフ、あとチーズハンバーグをサンキューで」などと、慣れた感じでオーダーしていたりするのです。
あの……「チーズハンバーグをサンキューで」って、どういうことですかね? そればかりか、以後も店内のあちこちからお客さんの「サンキュー」発言が聞こえてくるんですよ。
なにこれ?
気になりすぎたので様子を伺っていたのですが、どうやらこの店で「サンキュー」とは「目玉焼きつき」を意味するようです。なるほど、そういうことか。だったら僕も「チーズハンバーグをサンキューで」にすればよかった。
ってことで、運ばれてきたチーズハンバーグは残念ながら「ノーサンキュー」だったわけですが、とはいえワンプレートにまとめられたそのボリューム感はなかなかのもの。チーズが乗った肉厚のハンバーグとつけ合わせのポテトサラダには濃厚なデミグラスソースがかかっており、その脇にはアーモンド型のライスが存在感をアピールしております。
全体的に味つけは濃いめですが、それがまた魅力的。周囲に目を向けてみると、みんなおいしそうに料理を楽しんでいます。そんな雰囲気も含め、昭和の時代のレストランを思い出したりもしましたが、なるほどこれは「サンキュー」なシチュエーション。
なお、あとから気づいたのですけれど、丸テーブル席の足元には小さな犬がおりました。静かな子だね。常連さんも、「元気?」などと声をかけたりしていて、それもまたいい感じ。
おいしさも、そして穏やかな雰囲気も、これはうれしい誤算だな。こんなことなら、もっと早くお邪魔していればよかった。とりあえず、次回は「チーズハンバーグをサンキューで」に決定です。
●グラナダ
住所:東京都三鷹市下連雀4-17-12
営業時間:11:00〜15:00、18:00〜22:00
定休日:日祝日