近年、なにかと話題の「SDGs(エスディージーズ)」。山形・庄内には「持続可能な社会」に向けて活動する企業や若者たちがたくさんいます。この連載では、そんな庄内での暮らしに夢を持って、あえて地方で働くことを選んだ若手社会人を取材。SDGsに取り組む企業で働く人たちの活躍をお伝えしていきます。
連載のラストを飾るのは、植物由来の原料からタンパク質の素材を開発・製造しているSpiber(スパイバー)株式会社の菅野朝子さん。同社が運営する企業主導型保育所「やまのこ保育園」の保育者として活躍されています。
Vol.5 やまのこ保育園 保育者 菅野朝子さん
自然と関わりながら子どもたち一人ひとりと向き合いたい
都会暮らしの長かった朝子さん、庄内に来る前は体験型の海洋自然学習館で3年間、干潟ツアーの企画・運営、小学校の社会科見学のアテンドなどを行っていました。
「一見するとただの砂地の場所に、小さな生きものがたくさんいて、時にお互い食べて食べられて、潮の満ち引きに適応した暮らしをしていて……干潟という環境の絶妙なバランスに感動し、生物多様性を肌で感じる毎日でした」
一方で、サービスとしての自然学習の提供のあり方に限界も感じていたのだとか。
「私がこれから深めていきたいのは子どもとの関わりそのものなのかもしれない」「子どもたちの発見や感動に大人が寄り添い向き合う仕事をしていきたい」
自然との関わりの中で、子どもたち一人ひとりにもっと向き合いたい……次のキャリアを模索していた2019年夏、食育について学ぶワークショップに参加した友人から教えてもらったのをきっかけに、「やまのこ保育園」の存在を知ることになります。
やまのこ保育園は、Spiber(スパイバー)の企業主導型保育所。紡績糸やレザー、樹脂など多様な形態の材料を作ることができるタンパク質素材の開発・製造を行う会社で、この素材は、アパレルや輸送機器、将来的には医療用材料にも応用が期待されています。
保育園設立の背景には、主原料を化石燃料に頼らず、サステナブルな素材づくりを行っている同社の「100年、1000年先の豊かな地球を考え、子どもたちに自分の力でこれからの未来を切り開いていけるように育ってほしい」という願いがあり、朝子さんはそんな保育園の理念にも魅力を感じたといいます。
そして何よりも、自然の中で元気いっぱいに遊ぶ子どもたちの姿にひかれるように。
「干潟とは違ったフィールドで子どもとより多角的な関わりができるかもしれない」
そんな思いから、2019年9月に行われた現地採用説明会へ足を運び、2020年、単身で同社にIターン就職を決めました。
初めての"雪国"で季節の移り変わりを強く感じる日々
冬にはたくさんの雪が降る庄内、保育園では凍えるような寒さの日でも、子どもたちみんなでスノーウェアを着てお散歩に出かけ、帰ってくるとバケツにお湯を貯めて足湯に入る毎日を過ごしており、朝子さんは早速"雪国の過酷な冬"を体験することに。
「庄内にきて初めての冬は、想像以上の寒さに挫けそうになる日もありました(笑)。でも冬の過酷さを経験したからこそ、春が来る喜びを人生で初めて味わえた気がします」
一面銀世界だった原っぱから顔を出したフキノトウや、すくすくと育つツクシやヨモギの姿に春の息吹を感じたという朝子さん。今年に入ってからは、孟宗竹(庄内地方で採れるたけのこ)を掘りに行って、春の恵みを満喫したりもしたのだそう。
そして朝子さんが庄内の最大の魅力として語るのが「食文化」。お米はもちろん、日本海に面した庄内浜で引き揚げられた魚は鮮度抜群、山菜などの山の幸もおいしい……保育園でもそんな豊かな食文化を存分にいかした給食を提供しており、入社説明会で食べたその給食のおいしさも、入社を決めた一つのきっかけになったんだとか。
「旬の野菜がふんだんに使われていて、野菜の甘みを感じられるとても優しい味で、本当においしかったです。こうした給食を食べていたら、子どもたちも元気に育っていくでしょうし、私もこれを一緒に食べられたら健康に過ごせるなと思いました」
慣れない自然環境に最初は戸惑ったものの、いまではその大きな四季の変化と自然の恵みにこの地で暮らすありがたみを感じているといいます。
前職や海外留学の経験をいかして活躍
朝子さんはいま、前職の経験をいかし、1、2歳児クラスを担当しながら、子どもたちが生きものと出会い、その生命を感じる機会を日々の保育の中で意識的に作り出しています。
「いまの時期はカエル、ナメクジ、ダンゴムシ、ミミズなどを子どもたちと草むらで探し回っています。『きもちわる~い』と言われることもある生きものを好んで触れるのは前職の経験のおかげですね(笑)。1、2歳の子どもたちもどんどん自分で虫を捕まえます。自然豊かなこの環境ならではの触れ合いや出会いを大事にしていきたいです」
また幼少期の数年を海外で過ごし、学生時代にも海外留学経験のある朝子さんは、英語の絵本を読み聞かせることもあります。
「日本の絵本と外国の絵本の作風の違いって面白いですよね。いわゆる英語教育というよりも、言葉のリズムや絵の色彩を感じたり、ちょっと違った世界を一緒に楽しめたりしたらいいなと思い、いろんな絵本を紹介しています」
やまのこ保育園では、「観察し、応答的に関わる」「答えを出さない(探索しつづける)」を「わたしたち(保育者)が目指す大人の態度」として掲げており、これも朝子さんがやまのこ保育園で働きたいと思った理由の一つだったとのこと。
子どもの意思や時間を尊重し、子どもが自らの意思で取り組むことができる環境を整えるため、保育者はこの大人の態度を常に意識して子どもたちと向き合っているそうです。
「1、2歳児クラスの子どもたちの中でごっこ遊びが始まるのですが、ある時『たき火ごっこが最近盛り上がってるな』というのを感じて、実際本物の火でたき火を行い、りんごやお芋を焼きました。子どもたちの興味や関心から、『じゃあ、これをやってみようか』という風に大人が準備をして応答的に関わることに最近慣れてきたような気がします」
周囲とのコミュニケーションを重ねて子どもたちの育ちを支えたい
初めて入った保育現場で、子どもたち中心の目まぐるしい日常に圧倒されながらも、日々奮闘している朝子さん。そんな朝子さんを支えてくれているのが、同じ職場で働く大人同士の豊かなコミュニケーションです。
「子どもたちがより良い日々を営めるようにするためにも、大人たちの心身の健康を保つことが大切で、一息つける時間をどのように捻出するか、どうやって保育者同士の豊かなコミュニケーションの時間をデザインできるかなどもみんなで話し合っています」
やまのこ保育園では日々のミーティングや合宿などを通して、保育者同士互いの人生や価値観について語り合ったり、子どもの観察を通しての発見や問い、保育をよりよくしていくために改善したほうが良いことを話し合ったりする時間が設けられているのだとか。
「3月には、コロナ禍のため開催が延期されていた合宿に初めて参加しました。時間を気にせずゆったり話せる空間はとても特別なものでした。毎日のように顔を合わせているメンバーでも、お互いに知らないことがこんなにたくさんあるんだと驚きました。この1年コロナ禍で現場を支え合ってきた仲間に改めて感謝の気持ちを伝えられたことも大きかったです」
周囲と支えあいながら、園が目指す保育のあり方とともに、保育を模索し続ける朝子さんに、今後やってみたいことを聞いてみました。
「いま3~5歳児クラスの子どもたちはバスに乗って森に行ったり、キャンプをしたりといった、課外活動も行っています。そんな姿を見て、最近1、2歳の子どもたちもお姉さんお兄さんたちが行くような場所に出かけたいという気持ちが高まっているので、いろんなフィールドに出ていけるような企画をしたいですね」
「『いまを幸福に生きる人、地球に生きているという感受性を持った人として、子どもたちが育つことを願い、保護者とともに歩む』という保育目標があるのですが、常に自分が保育目標で目指す子どもの姿の体現者でありたいですし、その姿で子どもたちとともにあることが仕事だと思っています。今日もこれからおいしいごはんを食べて、子どもたちと泥遊びをして、温泉に入って帰ります」
季節的にも、庄内はこれからますます良い時期。初夏の日差しを感じながら、生きものと戯れる充実感のある日々を過ごしていってもらいたいですね!
取材後記
朝子さんは庄内での暮らしについて、こんな風にお話しされていました。
「例えば同じ移住者でも、水は山の湧き水を汲んできて、野菜は自分の畑で作って、お魚はお友達の漁師さんからもらうという人もいれば、私みたいに地方でも車を持たずに自転車で生活をして、ネットで買い物をすることもあるし、地元の産直やスーパーにも行く、という人もいます。また、休日の過ごし方も、スターバックスに行って読書に浸る日もあれば、山にキャンプに行く日もあります。自然が豊かでとても素晴らしいところですが、全ての暮らしを自分で作っていかなきゃいけないというわけではなく、自分ができるところまででいいという感覚がありますね」
「いまはコロナ禍で首都圏との行き来はしづらい状況ですが、飛行機だったら庄内から東京まで1時間です。平日は庄内で子どもたちと自然を感じて、休日は東京で家族や友達と会う、ということもできて割とフットワーク軽く考えられるし、移住というもの自体のハードルはすごく低くなってきているのかなと思います」
移住と聞くとどこか腰が重くなる部分もありますが、朝子さんのように「ここでなら、自分の理想の暮らしができそう」という素朴な思いを大事に、自由に住む場所を変えることがそう大変ではない時代になってきたのかもしれません。
やまのこ保育園では保育者、運営スタッフともに募集をしているとのことですので、興味を持った方はぜひ問い合わせてみてはいかがでしょうか。
著者プロフィール:伊藤秀和
1984年神奈川横浜市出身。2018年5月に三川町地域おこし協力隊として妻と2人の子どもと一緒に山形県庄内地方に移住。WEBライターとして外部メディア寄稿経験多数、ローカルメディア「家族4人、山形暮らしはじめました。」運営。