筆者も協力している鉄道会社経営、都市開発シミュレーションゲーム『A列車で行こう9』のシリーズ最新作『Version5.0 ファイナル』が発売された。『A列車で行こう9』は2010年の発売後、8年間にわたりバージョンアップ版を提供してきた。本作はその集大成であり、サブタイトルに「ファイナル」とあるように最後の大型バージョンアップだ。

  • 『A列車で行こう9 Version5.0 ファイナル』では、筆者が制作したマップ「A列車紀行」を6枚収録

『A列車で行こう9』の8年間を振り返ると、ユーザーの要望に応え続けた歴史であった。2012年に『Version2.0 プロフェッショナル』を発売。リアルな風景を望む声に応えて、デフォルメされた線路施設や車両のサイズを建物のサイズと一致する「1:1リアルスケール」モードを搭載した。2014年には「なぜ電車にパンタグラフがないんだ」という切実な要望に対応して『Version3.0 プレミアム』を発売。列車編成のカスタマイズも可能にした。また、当時まだ普及していなかった4K表示に対応した。

2015年には「マップが広いのに同時運行できる列車が足りない」という声に応えて『Version4.0 マスターズ』を発売。列車数は200編成まで増加。速度制限の導入で、リアルな運行とダイヤ設定が可能になった。線路際のアクセサリー、デジタルサイネージビルなど建物を大量に収録し、景観の表情が豊かになった。

『Version4.0 マスターズ』のパッケージデザインがヨーロッパの終着駅に見えたことから、筆者は「なるほど、これがシリーズの終着駅か」と勘違いした。そういう論調の記事を書いてしまったけれど、『A列車で行こう9』はまだまだ終わらなかった。半年後に『JR東海パック』を発売。いままで諸事情により収録できなかったJR東海の新幹線・在来線をすべて収録。JR東海の監修によるリアルな車両が登場した。

『JR東海パック』では画期的な機能の追加もあった。複線の導入だ。『A列車で行こう9』では、単線を並べて複線を再現できたけれど、線路としては単線のまま。複線としてマップ外へ線路を敷いても、同じ線路に戻ってしまう。しかし『JR東海パック』に採用された「高速線路」は複線として建設でき、マップ外に出た列車は隣の線路に戻ってくる。当たり前の複線ができるようになった。複線の概念は、2014年に発売されたニンテンドー3DS版『A列車で行こう3D』で実装されており、PC版にも期待されていた。

  • 単線2本(画像の左側)でマップ外へつないだ場合、片渡り線で進行方向を整える必要があった。境界付近で列車が鉢合わせするおそれもあった。高速線路(画像の右側)によって“複線問題”を解決できる

2017年には『A列車で行こう9』をPS4に移植した『A列車で行こうExp.』を発売。アートディンクとして16年ぶりのPS4タイトルだった。コンシューマ機向けのわかりやすい訴求点として、全国の新幹線車両を収録。新幹線が走る地域のランドマークも収録した。

ここで、次の『A列車で行こう9』のプロジェクトが検討された。『A列車で行こうExp.』の販売促進と、堅調な売上で推移する『A列車で行こう9』のブラッシュアップを兼ねた「A列車紀行」だ。筆者は『Version4.0 マスターズ』のガイドフックの表紙用画像素材として「函館の夜景」を作っていた。このマップも発想の元にあると思う。完成したマップを紹介するウェブ記事「A列車紀行」を全6回で展開した。

マップ「A列車紀行」解説

ウェブ記事版は多忙のため制作時間が十分に取れず、線路と駅、主要道路を再現したほか、記事掲載用の画面に使う「地域を象徴する風景」の作り込みを行った。地域の選定は、人気の観光地、収録されている車両が登場する地域を選び、画面を見ただけで地名を言い当てられる風景をめざした。

ゲームに収録するマップとして仕上げるにあたり、「線路配置の見直し」「ランドマーク付近」「広い範囲を俯瞰したときの現実感」を重視している。悩みどころは駅だ。橋上駅の外観を重視するとプラットホームの数が合わない。プラットホームと線路を再現しようとすると外観にふさわしい駅舎がない。プラットホームの数と線路配置の数については、景観とダイヤ作成上に必要な線路の数とのバランスに悩み続けた。

なお、鎌倉、梅田、金沢のように建物が多いマップは、鉄道の交通量が少ないため、放置すると衰退していく。現実の少子化問題を考えると恐ろしいシミュレーションだ。早めに列車やバス、トラックを大量に運行してほしい。

「A列車紀行」第1回 鎌倉編

ドラマ、ポスターなどに使われる「鎌倉高校駅前から江の島を望む」風景を中心に、江ノ島電鉄の全線を再現した。湘南モノレールは高架線で代用する。ゲームに京急電鉄、小田急電鉄の車両があるため、範囲を少し広げて、逗子、藤沢も含めた。根岸線の地形再現に苦労した。海岸線をもっと北にすれば良かった。

  • 鎌倉高校から江の島を望む。調整区域に指定し、発展を止め景観を維持

「A列車紀行」第2回 熊本編

九州新幹線の車両を走らせるマップ。JR九州の観光列車「A列車で行こう」の車両がゲームでも収録されている。『A列車で行こう9』で「A列車で行こう」を走らせようと着手。しかし、熊本電鉄と熊本市電が半端なところで切れてしまう。そこで、震災復興を応援する気持ちを込めて、熊本市を中心にしたマップに変更した。熊本電鉄と熊本市電を全区間入れたため、熊本市中心部から北寄りのマップになった。

  • 高架化完成後の熊本駅。切り欠きプラットホームをなんとか再現。見かけより運用を楽しみたい

「A列車紀行」第3回 出雲編

女性に人気の観光地。ゲームに285系「サンライズ」車両と381系「やくも」があり、ランドマークとして大きな神社も収録されていたことから出雲地域を選んだ。一畑電車の車両と、旧大社駅に見立てられる大きな駅舎を新規収録していただき、「旧大社線の復活」というゲーム性を考慮した。山陰本線、一畑電車ともに単線のため、運行本数を拡大しないと町が衰退する。寝台特急「サンライズ出雲」のダイヤ設定も楽しいはず。

  • 旧大社駅から出雲大社方向を望む。線路沿い以外の建物は減らして開発しやすく

「A列車紀行」第4回 梅田編

第3回までは『A列車で行こう9』で制作した。第4回からは『A列車で行こうExp.』で制作した。阪急電鉄の電車が収録されたため、梅田駅の再現を決定。当時話題になっていた阪急伊丹空港線計画を盛り込んだ。見どころは道路と資材置き場で再現した伊丹空港。ゲームのプロジェクトアイテム「国際空港」は小さすぎるため、ターミナルビルとして使用した。飛行機が滑走路を使ってくれないところはご愛敬といったところ。なにわ筋線、阪急新大阪連絡線など、話題の地域で楽しんでほしい。

  • 梅田駅付近のビル展望台に上った人なら、この景色を覚えているはず。右下の資材置き場が旧梅田貨物駅。なにわ筋線の北梅田駅(仮)予定地

「A列車紀行」第5回 函館編

もともと、ガイドブックの表紙用画像素材として作った函館マップがあった。これを再利用しようと思っていたら『A列車で行こうExp.』版で作ることになってしまった。PC版とPS4版のデータコンバートはできないということで、1から作り直した。『Version5.0 ファイナル』はPC版に戻るため、こちらは表紙用マップを再利用した。海の上に浮かぶ島は、夜景の漁り火を再現するため。これは『A列車で行こうExp.』版のアイデアだ。

  • 夜景の名所といえば函館。この景色の光を増やすため、現実には少ないサイネージビルなどを密集させた

  • 函館湾に作った島とライトアップ街路樹は…

  • 夜景で漁り火を再現するためにある

「A列車紀行」第6回(最終回) 金沢編

北陸新幹線E7系・W7系、第三セクター鉄道のIRいしかわ鉄道・あいの風とやま鉄道・えちごトキめき鉄道の車両を収録することが決まり、能楽門も作られることから金沢を再現した。金沢駅前の地下に北陸鉄道浅野川線の駅もある。町の発展としては北陸鉄道の改良と、現在構想中の金沢市内~金沢港のLRTが鍵になりそうだ。

  • 地形と建物を組み合わせた兼六園。金沢城天守閣は実際にはないけれど、景色が寂しくなったので復元してみた

『A列車で行こうExp.』をPC版に再移植し、新しい建物と車両を収録した上で、要望の多かった「機回し」と「列車の分割・併合」を搭載する。これが『A列車で行こう9 Version5.0 ファイナル』である。

  • 駅に対して機回しを設定する。機関車の動きを指定し、客車の反対側に到達させる

  • 機関車が客車から離れ…

  • ポイントで折り返して測線を通過

  • また折り返してターンテーブルへ

  • 機関車の向きを変えて…

  • 客車の反対側に連結

  • 折り返して出発する

機関車牽引列車は折り返すと低速になるため、つねに機関車を先頭にしたい。できれば実際の鉄道のように、機関車の位置を付け替えたい。それができないため、いままでプレイヤーはループ線やデルタ線を作り、それを地下や山に隠すなどで工夫していた。そういう工夫も遊びのうち。だから『A列車で行こう9』はシミュレーションではなく、あくまでも「ゲーム」であった。

本作では多くのプレイヤーにとって長年の悲願だった「機回し(機関車付け替え)」に加え、「転車台による蒸気機関車の向き変更」、行先の異なる列車の「分割併合」が搭載された。これは画期的なバージョンアップだ。『A列車で行こう10』としてもいい。しかし、アートディンクは新規タイトルとしなかった。そこには「『A列車で行こう10』はもっと斬新ですよ」というメッセージが込められているのかもしれない。

  • 先行列車が到着

  • 後続列車が到着、一旦停止

  • 少しずつ近寄って…

  • 連結。貫通幌が現れた

  • 連結完了

  • 出発!

公式SNSでは「『A列車で行こう9』としては最後のバージョンアップソフトなので、しばらくはこちらでお楽しみいただけたらと思います」と意味深なメッセージも発信されている。「しはらく」とはどのくらいの期間だろう。これまでのバージョンアップはだいたい2~3年かかっている。本作を遊び倒しつつ、『A列車で行こう10』を期待しよう。