■ネアンデルタール人の表現欲求
フランス南西部のラスコー洞窟の壁画は、1万5,000年前(後期旧石器時代)にネアンデルタール人によって描かれた。いや単に描いたというよりも壁の凹凸を利用しながら、3Dに見えるように巧みに塗料が塗られているのだ。赤鉄鉱(ベンガラ)の良好な耐候性や耐久性を利用し、牛などの狩りの様子を克明に描いている。さらに、雨水に耐えるよう洞窟(どうくつ)内の壁画で、焚き木をしながらも鑑賞できるように製作されている。
言葉も文字も持たないネアンデルタール人は、何のためにこんなに見事な壁画を残したのだろうか?画商もいなければ、オークション制度もない。当然、お金という貨幣価値もなかった時代だ。絵を描いて一体何の得になったのだろうか?それは、ただ、「描きたかったから」という単純な理由だったのかもしれない。ビジネスモデルを常に考えて仕事をしている現代人とは志そのものが違っていたのだろう。
さらにネアンデルタール人は、発声器官が発達しておらず、音声や言葉ではコミュケーションができなかった。しかし、洞窟で共同生活を営むためには、狩猟を主とした営みや、男女間での役割分担もあったはずだ。そこで、当然、発達したのが身ぶり手ぶりのボディ・ランゲージだ。
むしろ、最低限のコミュニケーションとしての身ぶりだけでなく、壁画を使って、狩りの戦略をチームでとしてミーティングしていたのではないだろうか?とさえ思える。
悠久の歴史から、言葉だけでなく、身ぶり手ぶり、図解、いろんなものを活用してわれわれはコミュニケーションをとってきた。
ネアンデルタール人でさえも、頭のイメージを壁画に表現し、それを仲間と共有していた。人類は、生まれながらの「表現欲求」を持った生き物であると考えることもできよう。
現代でも、外国語のような、オーラルなコミュニケーションが取りにくい場面では、身ぶり手ぶりでネアンデルタール人になったつもりで表現しなければならないのだ。欧米人はオーラルでコミュニケーションできていても、さらにオーバーなアクションで表現する。ボクたち日本人はもっと大げさなくらい身ぶり手ぶりをして、初めて相手に思いが伝わるのである。
■象形文字から生まれたアルファベット文化と漢字文化
エジプト文明で発明されたヒエログリフ ©A☮ineko |
ネアンデルタール人が登場したついでに、文字の歴史もひもといてみたい…。
紀元前4,000年のエジプト文明では、「ヒエログリフ」が発明され、鳥の頭の向きによって、右にも左にも下にも読み進めることができるという自由な文字体系が誕生する。象形文字の「表語文字(単独の文字で意味をなす文字体系)」ではあるが、「表音文字(意味に対応しない文字体系)」という「英語」と同様に読み方を表す文字の特性の2面性を持っていた。
紀元前3,000年の古代メソポタミア文明となると、シュメール人たちは、楔形(くさびがた)文字という粘土板に表語文字を記しはじめた。彼らは7日間を一週間とし、60進法で現在の時間の概念を発明する。楔形文字は、「目には目を、歯には歯を」のハンムラビ法典を記し、争いごとを定める法令順守の法治国家を形成する。楔形文字の特徴は、「漢字」と同様の形あるデザインから省略されて作られた「表語文字」であった。
聖書研究者によると同紀元前3,000年ごろに、旧約聖書では、堕落した人類を神が滅ぼそうとし洪水をおこした。有名な「ノアの箱舟」の話だ。助けられたノアの箱舟には、ノアの一族とつがいの動物たちで新たな門出を迎えた。
洪水後のノアの子孫たちは、繁栄し、ネズミ算式に人口が増え、すべての人が同じ言語を話していた。さらに人類の文明は進化し、二度と洪水にあうことがないよう、巨大なバベルの塔を建築しはじめる。天にも届く高さを目指す矢先、神は人類のおこがましさに怒り、単一の言葉がすべての要因だとし、言葉を混乱させ、互いの意思疎通を不可能にし、バベルの塔の建設を挫折させた。そして人類はバラバラの言語を使うようになったと聖書の世界では記録されている。
紀元前1700年、エジプト文明のヒエログリフ(神聖文字)と、メソポタミア文明のくさび形文字を組み合わせた「セム文字」が生まれる。セム文字はさらに、アラビア文字、ヘブライ文字、フェニキア文字へと進化していく。 中でも「フェニキア文字」は欧州と中東で広がりを見せる。 直系のフェニキア文字はギリシャ文字、ラテン文字を生み、ラテン文字からは「アルファベット」が生まれる。ロシア文字、スラブ文字もフェニキア文字からのキリル文字から派生であったことも注目したい。
さらに、インド文字の元となるブラーフミー文字もフェニキア文字からの派生であることを考えると、フェニキア文字が、ヨーロッパ、中東、インド、ロシアに多大な影響を与えている。
甲骨(きっこう)文字 |
一方、漢字は、紀元前1000年となると中国の殷(いん)王朝時代が始まり、甲骨(きっこう)文字が登場し漢字の基礎となった。甲骨文字はヒエログリフとも近似している象形文字からの派生だ。カメの甲羅などに刻まれていた。表語文字として進化した「漢字」は人類史上最も文字数が多い文字体系でなんと10万字を超えてしまった。中国、日本、そして、かつては、朝鮮、ベトナム、シンガポール、マレーシア、韓国(漢字からハングル文字へ)などが漢字文化圏であった。
ユーラシア大陸のヨーロッパから南アジア(インド)、北アジア(ロシア)にまで影響を与えたフェニキア文字、東アジア(中国)に影響を与えた亀甲文字と地球の言語の大きな潮流はこの2つから起きていると考えて良いだろう。それぞれ地域によって意味のある進化と派生を繰り返して現在の言語に辿りついている。5,000~6,000年前から継承された文字文化によって世界の言語は現在に至るようになった。
■インターネットにおける言語
現在、インターネットで最も多く利用されている言語は英語である。
インターネットで英語を使う人は約5億6500万人。そして全世界のウェブでの英語率は26.8%となる。全世界で英語が使える人は13億人にもなる。世界70億人中の18.6%が英語ということだ。
二番目はネットで中国語を使う人が5億人。ネットでの中国語率は24.2%、世界での中国語は13億7000万人と英語を抜いている。世界70億人の19.6%が中国語。
三番手はスペイン語だ。ネットで使う人は1億6500万人。ネットスペイン語率は7.8% 世界でのスペイン語は4億2300万人となる。世界70億人の6%がスペイン語。
四番手が我が日本だ。インターネットで日本語を使う人は9918万人。日本語率は4.7%、世界での日本語は1億2600万人。日本人しか使っていないローカルな言語である。世界70億人の1.8%が日本語。
※Internet World Statsによる2010年の調査
人口比で考えれば中国の成長は、顕著だが、ビジネスマンにおいては中国も英語化へシフトしてくると思われる。中国が世界に出るのは簡単だが、欧米人が中国語の漢字を覚え、中国語で中に入れるとは、とても思えない。日本人が、漢字がわかっていても中国語が難しいのだから欧米人にはなおさらだ。
ただ、このグローバルの世界での動きは、もはや対岸の火事どころではなく、ネット時代は共通の課題でもある。
インターネットのなかった鎖国時代、貿易で栄えた明治維新、戦争で植民地化されなかった昭和の時代、しかし、この平成の時代、21世紀からは、漢字文化とどこまで付き合うのかが問われる時代へと向かいはじめている。
■日本語の「漢字文化」の複雑さは世界一
アルファベット圏であれば、
1.アルファベット大文字
2.アルファベット小文字
3.数字
4.記号
ですんでしまうものが、日本語となると、
5.ひらかな
6.カタカナ
7.漢字
が追加され、さらに登記簿や領収書には、
8.漢数字
が登場し、パソコンでは、
9.全角アルファベット
10.全角数字
11.ふりがな
12.フリガナ
が存在する。さらに、書籍では、
13.ルビ
という独自のフリガナが登場し、
14.縦書き
という書体までも登場する。携帯では独自の
15.絵文字
さらに、いうと、日本独自の「時代年号」である
16.元号
という天皇の在位期間で年代を表している文化を持っている。さらに口語では、
17.方言
までもっている。
アルファベットならば、26文字と4つのスタイルなのに、日本語となると17以上のオリジナルなスタイルを持っている。これだけ多種多様な文化を使いこなせる日本人は、まさに偉大な能力を持っている。悪くいえば、能力の無駄遣いではないのだろうか?言語に関しては、ちっとも「エコ」ではない。
■パソコン、ガラケー、スマホの日本語変換方法もエコではない。
パソコンの変換方法を考えてみても大きな無駄がある。
欧米人は本を見ると、そのまま、「Book」と打鍵する。
日本人はまず、
1.本を「honn」とローマ字による因数分解を瞬時に行い、
2.スペースキーを押して変換する。
3.変換候補の中から「本」の漢字を目視で確認してから確定し入力を終える。
4.これらの作業を繰り返してキーボードから入力し文章を綴る。
スマホのフリック入力でさえ、ひらかな→漢字変換という作業は目視で確認しながらなので同じ入力構造である。
「Book」と「本」の入力のだけでもこれだけメソッドが違う。
これらを日常で行っている日本人を外国人はすごいと思っている……なのになぜ? 英文ビジネスレターが打てないのか不思議に思っていることだろう。さらに、同じ漢字を使いながらも、中国語は書けないというのも不思議に感じているようだ。日本人からするとほぼ同じ、ラテン系から派生した言葉なのに、ヨーロッパの人たちが自由に喋(しゃべ)れないのがおかしいといわせてもらいたいが(笑)。
アルファベット圏で発明されたタイプライターから進化したキーボード入力を、パソコン時代も、そのまま無理やり、日本語に対応させたので仕方のないことだが、「表音文字」に適した入力方法で「表語文字」を打つには限界があると言わざるをえない。
■Twitterでは、日本語は最高の圧縮言語
日本語で得をすることといえば、Twitterのような140文字のような文字制限がある場合に、コンパクトにニュアンスを伝えやすい。
例えば、「影響」という言葉をアルファベットで表現すると、「influence」と9文字も使用してしまう。しかし、日本語だと9文字もあれば、「映画に影響された。」とツイートできる。
英語で言うところの「I was influenced by movie」の25文字分のことが9文字で表現できる。これは表意文字ならではの特徴だ。確かにこのようにコンパクトな漢字でまとめる能力に日本人は優れている。本来、箱庭も、お弁当も、お習字も、与えられた間取りの中でどのようにレイアウトするのかの美意識に非常に長(た)けた民族だからだ。
ヒエログリフの時代、亀甲文字の時代のように、また、ロゼッタストーンの石碑に刻み込むような時代には文字数が少なく、表現が豊かな日本語のような表語文字は適していたのかもしれない。
しかし、文章量も紙もEvernoteにもクラウドにも自由に残せる時代だからこそ、文字数を気にせず、世界に通じるアルファベットの表音文字の方が、伝播力は確実にあがってきているのではないだろうか?
■夢の音声入力、音声翻訳の時代はくるのか?
英語であれば、音声入力や音声からアルファベット化は当たり前になりつつある。Googleなどは、世界最大の言語コーパス(Corpus=コンピューターを利用してデータベース化された大規模な言語資料)を持っており、検索エンジンで入力される言語との関連性も含めて、英語の自然言語での解析が日々更新されている。YouTubeなどの動画はかなり精巧な翻訳キャプションが自動生成されるようになった。近い将来、英語であればすべての口語を完全に理解するというのも夢の話ではなく現実味を帯びてきている。
しかし、YouTubeの日本語の自動翻訳は見事にパロディーのような英語に変換されている。
iPhoneのSiriも同様に英語であればiPhoneの機能内でできることをかなりの確率で判断してくれる(かなり発音はネイティブ並に要求されるが…)。
しかし、いざ、日本語の音声入力となると、非常に精度がさがってしまう。これはやはり表意文字を口頭で理解するには、小学生にしゃべっているつもりで、ゆっくりと、しかもはっきりと滑舌よく話さなければならない。
英語から日本語に翻訳するのは、主語+動詞 があるので、結論がわかるので翻訳しやすいが、日本語から英語、日本語でも、話し言葉を文字化するのはとてもむずかしい。主語がなかったり、動詞が一番最後まで聞かないとわからなかったりすることが多いからだ。それだけ、多種多様で自由な表現ができる日本語だからこそ、あいまいな表現はとても得意だ。空気を呼んだり、阿吽(あうん)の呼吸をあわせたりするスキルも要求される。
しかし、それは国際的なコミュニケーションにおいては、ちょっと高尚すぎる非常に過多で高度なコミュニケーションといえるだろう。
むしろ、シンプルで合理的で誰もが最低限は理解できる英語を習得するほうが、機会やデバイスの進化に頼るよりは確実に自分の方が進化できるだろう。
プリミティブな英語でコミュニケーションをする機会を自分で作れば、英語はそれほど難しい言語ではない。 むしろ、世界でも一番習得しやすく、学べる機会も多いはずだ。ただ、その環境を日本では、本当に作りにくい。 英語の習得はそんな環境を整備することが一番のコツなのかもしれない。
そして、一番重要なことは、英語を習得して何を表現したいのか?その目標を夢ではなく、実行可能なスタイルとして、具現化するヴィジョンが必要だろう。あなたは英語を使って何がしたい? まずはその目標を立ててみよう。
…ということで、また来週!!!
文/Paul toshiaki kanda 神田敏晶
■著書プロフィール
神田敏晶
KandaNewsNettwork,Inc. 代表取締役
ビデオジャーナリスト / ソーシャルメディアコンサルタント
神戸市生まれ。ワインの企画・調査・販売などのマーケティング業を経て、コンピューター雑誌の編集とDTP普及に携わる。その後、 マルチメディアコンテンツの企画制作・販売を経て、1995年よりビデオストリーミングによる個人放送局「KandaNewsNetwork」を運営開始。ビデオカメラ一台で、世界のIT企業や展示会取材に東奔西走中。
1999年に米国シリコンバレーに進出、SNSをテーマにしたBAR YouTubeをテーマにした飲食事業を手がけ、2007年参議院議員選挙東京選挙区無所属で出馬を経験。早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部で非常勤講師を兼任後、ソーシャルメディア全般の事業計画立案、コンサルティング、教育、講演、執筆、政治、ライブストリーム、活動などをおこなう。