先日、りんかい線直通新木場行きに乗っていたら、隣に座った男子が、新宿から国際展示場に着くまでのあいだ、ひとときも休まずに「今、うまくいってる彼女との話」を克明に友達に報告していた。メールの内容からチューに至るまでの経過まで、友達もよく黙って聞いているなあと感心したよ。なんでかっつうと、要は「彼女はとってもウブで、だけど俺にメロメロでさあ」という話なんである。
その話を聞きながら、しみじみ、「男をだますのって簡単なんだなあ」と思ってしまった。すでに男と何人も付き合っているらしい彼女(3人目だか4人目なんだってさ)が、そんなにウブなわけねーだろと思うのだが、彼曰く「彼女はお嬢さんだから、前の男たちとは何もなかった」と信じているらしい。その根拠が「チューがたどたどしかった」だそうだ。
書いているこっちが恥ずかしいが、よくもそんな話を電車内でできるもんだ。しかし、清純そうな感じであることで男を夢中にできるのなら、こんなに安いことはない。なぜなら、余裕タップリ、経験豊富なフリをするよりも、できない、慣れないフリをするほうが数百倍楽だし、失敗が少ないからだ。北島マヤでもない私でも完璧に演じられるぞ、きっと。
一方で、男子の場合は、どうもこなれたフリをしないといけない状況が多そうで、大変そうだ。デートで上手くリードできないと、陰で女に何を言われるかわからないしな。しかも少女漫画に出てくる男どもは、大抵は非常に余裕タップリ、経験豊富な感じなのだ。これを平均値だと思ってる女を相手にしたら、さぞかし苦労することだろう。そしてその最上級パターンが、『MARS』の零だ。正直、これを真似ようとしても、痛いことになっておしまいだろうな。
明るくて、スポーツ万能で、背が高くて(187cmらしい)、超イケメン。女にも臆さずリードも完璧。そんなヒーロー様だから、もちろん、ライバルの女がいっぱい出てくる。まずは年上の彼女だけど、少女漫画界では、ケバい女は悪者・脇役の法則があるので、この女はさっさといなくなることが外見からわかる。そして出てくるなり別れることになり、二度と登場しない。
そして女と別れてフリーになった零を狙い、必死にアプローチをする晴美。チャンスだと思っていたのに、突然現れて零と仲良くやっている、地味でトロいキラが気に入らない。靴を捨てたり、呼び出して脅したり、キラに零を諦めるようこまめにいじめてくるのだ。そしてそのたびにそれが零の知れるところとなり、零はキラを守ってくれる。晴美は、キラをいじめることで、勝手に失墜していくのである。まあ、よくある話だ。人を呪わば、ね。
これまた少女漫画でよくある話だけど、最初は主人公の敵で、なんやかんやいじめてた女が、主人公の度胸の良さや真っすぐな心を知って改心し、親友になる……晴美がそうだ。かわいそうな晴美。主人公の引き立て役として、しっかり脇役を押しつけられてるのである。虫の好かない人間って、何があっても虫が好かないと思うけどな。しかも、恋のライバルなわけだ。仲良くなる理由がわからない。けれども、こうして敵を味方にさせることで、主人公の魅力や正当性をアピールしているのだ。怯えた小動物を手なずけるナウシカみたいなもんだが、実際にはかなり可能性の薄い話であると思う。
そして晴美を攻略したあとに出てくるのが、カワユクってわがままなお姫様、しおりだ。この手の脇役キャラには「男って、ホントカワイイ女が好きだよね~」「女の本性を見抜けないのよね」という、女の怒りが表現されている。陰でさんざん黒いことを言っていて、男の前で甘い顔をする女は、世間に山ほどいる。そしてそれに気づかない男たちに、腹を立てるしかない女が大勢いるのだ。しかし、少女漫画の中では違う。途中でどんなにヤキモキさせられても、最後に零が選ぶのはキラであるということで、読者の女たちは溜飲が下がる思いなのだ。そして「やっぱり零サマはわかってるのね、完璧よ!」となる。うまいね。
冒頭のノロケ青年よ、お前が夢中になってる女は、どうにも黒そうだ。そんな、しおりみたいな女にまんまとうつつを抜かしてる時点で、少女漫画のヒーローにはなれないのだよ。なりたいかどうかは知らんがさ。
<『MARS』編 FIN>