神社に行くと、ついつい絵馬を読んで歩いてしまう。合格祈願、健康祈願、恋愛成就など、そこには人の願望がてんこ盛りだ。絵馬ひとつで、その人の概要がわかってしまうところも面白い。自分のことよりも家族や友達のお願い事を書くいい子もいれば、「私にふさわしい素晴らしい男性と結婚できますように」なんていう、上から目線のお願い事もある。

そのほか、感慨深かったお願いを挙げてみると、「結婚に結びつくような良縁がありますように。孝くんと長くつきあえますように」。良縁を望んどいて孝くんとも……彼はキープなのか!

「今年こそダイエットに成功していい女になり、素敵な人と出会えますように」。切実だ。

「彼子ができますように」。惜しむらくは、ものすごい達筆だったことだ。彼氏? それとも彼と子ども?

個人的に傑作だったのが、「二人がいつまでも一緒にいられますように 猛 右に同じ 響子」。女のほうがクールだ。同じ内容だろうが、一応きちんと書いてやれよ。

面白いな、と思うたぐいの祈願が、大抵恋愛ものだということもあるけれど、まあ女の願望がどんなもんなのかがよくわかる。そして、みうらじゅんの「いやげもの」展で展示されていた絵馬の写真は、「とてもステキな人が現れて、私から離れられなくなりますように」というものだった。絵馬に書かれると失笑もののこの願望、実は大抵の女が望むことではある。要は女萌えなのだ。

そして今回取り上げる『MARS』は、まさにそんな話。作者の惣領冬実は現在、「モーニング」で『チェーザレ 破壊の創造者』を不定期連載中だ。『ES』で突然重厚な話を描くようになってびっくりしたよ。昔は生粋の少女漫画家だったのに。

ストーリーは、高校でピカイチの人気者・零と、お友達が一人もいない主人公・キラの二人が、みるみるうちに惹かれあってラブラブになる話である。ふとしたことで口をきくようになった二人。イケメンでスポーツマンで、英語も堪能な零は、ほかにもいっぱいお友達やら女がいるにもかかわらず、なぜだかキラを追いかけ回す。まさに「とてもステキな人が現れて、離れられなく」なるのだ。

単行本は全15巻。序盤は零の「俺ってかっこいいでしょ」というアピールから始まる。キラがイヤな目に遭えば、相手をボッコボコにして怒ってくれるし、英語の時間に教師に嫌がらせをされて指されれば、スラスラと英文でその教師のセクハラ事実を暴露してしまう。文武両道に秀でた正義感の強いイケメンなのである。おまけに「デッサンのモデルになって」とキラに頼まれると、協力はするものの、すぐ居眠りを始めたりしてマイペースな感じ。

零のアピールが一段落するころには、キラとの仲も決定的となる。すると今度は二人の「重大な過去」が暴かれ始めるのである。まずは零だ。明るくて人気者で、悩みのかけらもなさそうなのに、実はだーれも知らない、ひどいトラウマがあったのだ。

その話がどうにかこうにかなると、今度はキラの過去だ。キラが序盤、地味で目立たない少女だったのには、訳があった。実は二人は、傷ついた魂を持つ、孤独な人たちだったのだ……!

さらにその話の後は、零が信じられないくらいの金持ちの息子だということがわかる。その親の金に助けられて、どうにかこうにかなって、やっと二人に幸せが訪れると思った矢先……やはり孤独な魂は幸せになっちゃいけない『BANANA FISH』の法則か……と思いきや、『ホット・ロード』のハルヤマでした、というラストに(全部読んでいる人にしかわからん例えで申しわけないが)。

全15巻、これでもかこれでもかというくらい少女漫画的事件がタケノコのように湧いてくるこの話。どの辺がヲトメ萌えなのかは、次回にまとめて。
<つづく>