私は、ロンドン駐在から東京に戻ってしばらくして、「ケーブル(ポンド/ドル)」の担当となりました。

なぜ、ポンド/ドルをケーブルと呼ぶのか、その由来は、最初の通貨の電信取引が、ロンドン・ニューヨーク間で1800年代中頃に大西洋横断海底ケーブルを使って始まったことに由来しています。

ケーブル担当時の思い出

そして、私がケーブルの担当となった当時は、東京時間でも、ドル/円のみならず、ドル/独マルク、ドル/スイスフラン、そしてケーブルが活発に、D/D(ダイレクト・ディール、銀行間の直接取引)で売買されており、特に、香港・シンガポールの米系銀行が、激しく攻撃を仕掛けてきました。

香港・シンガポールの米系銀行と言いましても、実際売り買いをしているのは、主に中国系のディーラーたちで、賭け事の大好きな民族性からか、かなり激しくしかも抜け目なく立ち回り、日本人ディーラーはいい餌食になっていました。

私がケーブルディーラーになってすぐの頃、東京のケーブルディーラーを集めたパーティーがあり、いろいろな銀行の日本人ディーラーと親しくなりましたが、異口同音に香港・シンガポールにはいじめられているということでした。

そこで、親しくなったディーラーとは、それ以降もコンタクトを取り合っていましたが、そのうちのある銀行とはそれまでケーブルで相互にD/Dをしていなかったため、お互いに助け合う意味でD/Dを始めようじゃないかと約束しました。

ケーブル担当時の思い出(画像はイメージ)

そんな翌日、朝から繰り返し呼んできては、ケーブルプライスをチェックしているある中東の銀行がいました。

そして、午後一番で再び呼んできました。アシスタントが「ケーブル25本(25百万ポンド)のプライスを聞いてきています」と言うので、すぐにプライスを出し先方は買ってきて取引は成立し、アシスタントが先方と取引の確認をしていましたが、続けて「また25本聞いています」と言うので、またプライスを出したら、すぐ取引成立。そして「また25本聞いています」とアシスタントの声も上ずってきました。

プライスを出している私の方も、どうも様子がおかしいと思い出し、他のアシスタントに、昨日D/Dを約束したばかりの銀行も含めて、呼べる銀行は内外問わず呼べるだけ呼べと指示し、相手の銀行がプライスを出せば、片っ端から私は買っていきました。

方や、例の中東の銀行は、相変わらず、プライスを出せば買ってきて、更に次のプライスを求めてくる状況が続き、もともとから中東の銀行に関わっている例のアシスタントに、今まで何本たたかれているのか尋ねると、ディーリングマシンの取引画面が小さすぎて、スクロールしてもわからなくなっていて、もうこれくらいのポジションになっているだろうと目算するしかない状況になっていました。

このときのケーブルは、東京の華「ドル/円」を差し置いての一日天下で、その騒然とした雰囲気にバックオフィス(後方資金決済事務)の女性たちや、保険のおばちゃん(当時はまだディーリングルームに入れました)までが見物に来ていたほどでした。

結局、その中東の銀行は5億ポンド買って帰っていきましたが、かわいそうなのは前日「D/Dをお互いやろうね」と約束したばかりの銀行のディーラーで、私のいた銀行から、立て続けに何回もプライスを聞かれては叩かれ、そして値は吹き飛び、途中で気分が悪くなって、保健室に行ってしまったと後で聞かされ、すまないことをしたと思いました。

もう一人かわいそうだったのは、もともとからその中東の銀行に関わってしまったアシスタントで、私に付き合われて、結局、ポジションが合った午前3時まで残っていました。

この一件は、今思い出しても懐かしい思い出です。

なお、「叩く」という言葉がイメージできないというご意見を、結構聞きますので、最後にご説明します。

インターバンクディーラーと、個人投資家層を含めて顧客との違いは、顧客は一方的に、銀行なりFX会社のプライスをヒット(プライスをクリック、つまり叩く)しますが、インターバンクディーラーは、他の銀行をヒット(叩く)できますが、基本的には、顧客や他の銀行からヒットされます。

そして、ヒットされても(叩かれても)、それをチャンスにもうけることが仕事です。ですので、インターバンクディーラーにとっては、叩かれるということは、リスクはあるけれど、もうける場であるわけです。

(※画像は本文とは関係ありません)

執筆者プロフィール : 水上 紀行(みずかみ のりゆき)

バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。1983年よりロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。 東京外国為替市場で「三和の水上」の名を轟かす。1995年より在日外銀に於いて為替ディーラー及び外国為替部長として要職を経て、現在、外国為替ストラテジストとして広く活躍中。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。なお、長年FXに携わって得た経験と知識をもとにした初の著書『ガッツリ稼いで図太く生き残る! FX』が2016年1月21日に発売される。詳しくはこちら