1992年、投資家として有名なジョージ・ソロス氏は、英ポンドが、イギリスの経済力に比べて、政府により無理に高く固定されていることに目をつけました。
つまり、米系ファンドの真骨頂だと言えることですが、その国・地域の政策やシステムに矛盾が生じていると、相手がそうした国あるいは地域の政府であろうとも、ひるむことなく、そこを突いてきます。
この年の9月から、ジョージ・ソロス氏は、英ポンドの売り攻めを開始しました。
水準は、1.9900前後でした。これに対してBOE(バンクオブイングランド、英中銀)は、徹底的に防戦に入りました。
この時、私は、ニューヨーク勤務で、このバトルの一部始終を、外為ブローカー(仲介業者)が伝えてくるプライスを聞きながら、観察していました。
BOEは、各ブローカーにワンショット(一回あたり)5千万ポンド以上の取引という条件をつけたポンド買いオーダーを入れていました。それに対して、ジョージ・ソロス氏は、ひるむ気配もなく、静かに売っていました。
ただし、BOEが、ワンショットで大きな買いをいれているため、一般のコマーシャルベースの取引が同水準ではできず、そこで、BOEの買いの下で、コマーシャルベースの取引が自然発生的に行われることになり、ポンドは、二重相場となっていました。
BOEがジョージ・ソロス氏に敗けた瞬間
そして、にらみ合うこと1週間が経ったある日の午後3時、BOEはすべてのブローカーに入れていた買いオーダーをすべて引きました。つまり、BOEが、ジョージ・ソロス氏に敗けた瞬間でした。
そして、下支えを失ったマーケットは、崩落しました。なんと、半年間で1.40台まで、約6000ポイントの急落となりました。
このように、米系ファンドによって、一国の通貨が暴落することがあり得るのです。
しかし、それは、米系ファンドが馬鹿力を出して落したわけではなく、矛盾によって歪みができている通貨ペアのツボを突くことによって、暴落が現実のものになったわけで、柔道のようなものでした。
さて、ジョージ・ソロス氏は、2012年10月から2013年5月にかけての、アベノミクス相場では、アベノミクスを支持し、ドル/円を買い、そして、10億ドルもの利益を得たそうです。
しかし、本年2月のドル/円急落相場では、ドル/円の売りに回っています。
これが、何を意味しているかと言えば、成果が上がらないアベノミクスに対する失望ではないかと思います。
そして、これが今年2月のドル下げによって、アベノミクスへの失望が終わったとは到底思えず、近々再び、攻めてくるものと見ておくべきかと思います。さらに、ドル安円高を助長させる可能性が事情があります。
それは、ここに2~3年で急増したGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も含め生保などの機関投資家や銀行の為替ヘッジなしの外物(外債、外国株式)運用残がかなりあるということです。
外物運用とは、つまり、ドルを中心とする外貨買い円売りのポジションを持っていることを意味し、円高が進行すると、多大な為替差損を被ることになります。
たぶん、ドル/円相場が下がれば下がるほど為替ヘッジの必要性が増し、売りが出てくるものと思われますので、警戒が必要です。
さらに、このことは、情報通で鳴る米系ファンドはすでに知っているものと思われ、後は実際にどこでドル売りに出てくるかということだと思われます。
米系ファンドは、その国・地域の政策やシステムに矛盾が生じていれば、容赦なく攻めてきます。それを、回避するには、矛盾を解消するように、政策運営をしていく必要があります。
たかが、米系ファンドかもしれません。しかし、BOEとの対決や、アジア通貨危機を仕掛けたりと実績を積んできていますので、安易に考えていると思わぬダメージを受ける可能性がありますので、十分な警戒が必要です。
執筆者プロフィール : 水上 紀行(みずかみ のりゆき)
バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。1983年よりロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。 東京外国為替市場で「三和の水上」の名を轟かす。1995年より在日外銀に於いて為替ディーラー及び外国為替部長として要職を経て、現在、外国為替ストラテジストとして広く活躍中。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。なお、長年FXに携わって得た経験と知識をもとにした初の著書『ガッツリ稼いで図太く生き残る! FX』が2016年1月21日に発売される。詳しくはこちら。