地元ではなく「自分の部屋が大好き」

大学を卒業して社会人として働いているのに、地元を離れずに楽しく暮らしている人たちを「インテリヤンキー」と総称し、彼らの生活ぶりや人生観を見つめている本連載。地元の定義は「小学校の学区内」としていたが、「地元には愛がないけれど実家が好き。自分の部屋が大好き」と公言する女性が現れた。都内で会社員をしている坂本ゆかりさん(仮名、23歳)だ。学区内どころか敷地内が彼女にとっての心地良い地元。ハードコアなインテリヤンキーである。

坂本さんの実家は東京都品川区の住宅地にある。坂本家の周辺は静かで、近くにも小さな商店街しかない。家族で東京に住むならば理想的な立地だといえる。

「品川だけでなく、新宿、渋谷、羽田空港も30分圏内です。銀座は遠い? そんなことはないですよ。銀座にも30分で行けます」

インタビュー場所に選んだのは品川駅近くの高層ビルの地下にある居酒屋。ポップで鮮やかな服装で現れた坂本さんは、手放しで実家の立地を誉め始めた。生まれ育った場所をまったく卑下しないところに、育ちの良さと若さを同時に感じる。

埼玉県所沢市に生まれ、小学4年生からは隣町の東京都東村山市で育った僕も「地元愛」がゼロというわけではない。埼玉との県境にあたる東村山市の北部には宮崎駿映画の『となりのトトロ』の舞台になった自然が残っており、おいしい蕎麦屋やうどん店もあることに大人になってから知った。都心まで近くはないけれど、なかなかいいところなのだ。

しかし、他の人に地元を説明するときはつい口が悪くなる。生まれも育ちも地方で成人してから上京してきた人と接するときは、「育ちは東京」などと安易に言うと嫌味になりかねないからだ。出世できずに都心に住めなかった人とその子どもや孫たちが仕方なく住んでいる典型的な郊外の一つ、といった枕詞をつけないと落ち着かない。兵庫県といっても神戸市と山間部では大きく違うように、東京都にも23区を中心とする都市部の西には広大なベッドタウンがあることを具体的に説明する必要がある。

このへんの心の機微は都会っ子の坂本さんには理解できないようだ。わずかな差異が嫉妬心を増幅しかねない日本の企業社会で生きていけるのかと少し心配になる。

アメリカ留学が目標の美大卒業生

ただし、坂本さんの「地元愛」は都内各所へのアクセスの良さに限定されている。武蔵野美術大学(東京都小平市)出身の坂本さんは、小学校は大田区の私立校に通い、実家周辺には友だちがまったくいないという。中学生からは世田谷区の中高一貫の女子校へ。そこでも親しい友だちはできなかった。

「いじめられていたわけではありませんが、6年間楽しくなかったですね。周りにいるのは明治・立教・青学に行きそうな薄っぺらい人たちばかりだったから……」

中堅クラスの私立大学に毒づくあたりが美大卒業生らしい。といっても、坂本さんはこの連載に気軽に登場してくれるぐらい脇が甘く、人懐っこい雰囲気も漂う。話していて暗い印象は受けない。

「学生時代からの友だちには『根暗じゃないけれどネガティブだね』とよく言われます」

高校までは親しい友だちができなかった坂本さんは、武蔵野美術大学では初めて気の合う同世代たちと出会えたようだ。グラフィックやテキスタイルの制作にも没頭した。

就職先ではデザインに携われていない。制作への情熱を忘れられない坂本さんは「お金を貯めてアメリカ留学」を夢見ている。会社の給料は手取りで22万円。3万円は家に入れているが、残りの多くは貯金をしている。

経済面以外にも実家暮らしを続けている大きな理由がある。妻子にはひたすら甘い父親を筆頭に家族仲が良好であることに加え、一昨年立て替えた一戸建ての実家には「理想」の自室があり、「一人暮らしをする意味がない」と感じていることだ。坂本さんの愉快な地元ならぬ実家暮らしについては次回で詳述する。

大好きな自室にて。大きな赤い時計が坂本さんのセンスを伺わせる

(次回は7月17日の掲載予定です)

<著者プロフィール>
大宮冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター。1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職するがわずか1年で退職。編集プロダクションを経て、2002年よりフリー。愛知県在住。著書に『バブルの遺言』(廣済堂出版)、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)など。食生活ブログをほぼ毎日更新中。毎月第3水曜日に読者交流イベント「スナック大宮」を東京・西荻窪で、第4日曜日には「昼のみスナック大宮」を愛知・蒲郡で開催。

イラスト: 森田トコリ