地方出身者が地元の料理を食べたくなったら駆け込める、同郷の人との触れ合いに飢えたときに癒やしてくれる、そんな東京にある"地方のお店"を紹介していくこの企画。コロナ禍の昨今、せめておいしい地方のものを食べて各地を旅行した気持ちになりたい! という他県のあなたも必見です。
今回のテーマは、山梨県です。静岡県との県境に富士山があるといえばすぐ場所がわかりますね。東京からは中央線1本でアクセスできるお隣の県でもあります。
日本一の山がある山梨県
山梨県というと、山中湖など避暑地として有名なリゾートを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。農産物ではブドウと桃の生産が、加工品ではワインの生産が日本一の県です。歴史的には武田信玄が有名ですね。風林火山!
おもしろい一面では、海なし県ながら世帯当たりのマグロ消費額全国2位という意外な統計があったりします。
今回は、西荻窪にある「串焼き田舎味噌もやし」(以下「もやし」)さんにお邪魔しました。JR西荻窪駅南口から徒歩3分ほど。飲み屋さんが並ぶ細い通りを抜けてところにあるお店です。
年季の入ったガラスの引き戸をガタガタいわせながら開けて入った店内には、カウンターと座敷のテーブル席を合わせて21席ほど。お店の人との距離感も近い、近所にあったら通ってしまいそうなアットホームで落ち着く雰囲気の店内になっています。
春の恵みを地のお味噌で食す
最初に登場したのが「ふき味噌」(190円)です。フキを甲州味噌で和えたものになります。甲州味噌とは、米麹と麦麹をミックスして仕込む合わせ味噌のこと。山が多く、お米を作ることに向かない土地の多い山梨で工夫の末に生み出されたものです。ちなみに東北・関東の一般的な味噌は米麹。麦麹で作る味噌は九州に多いといいます。
フキ味噌自体は特別な料理ではありませんが、この甲州味噌を使うことで少し独特の味わいになります。よくある味噌の味に、九州味噌のような甘くまろやかな風味が広がりました。そこにこの春採れたてのフキの苦味が舌先に走ります。なんとも大人の味わいです。旬の食材でおいしいお酒をいただくなんて最高ですね。
お次にお願いしたのは「鹿スジコンニャク煮込み」。近年よくある話ですが、山梨でも野生動物の農作物被害に悩まされているということで、駆除のために鹿を獲るそうです。その鹿肉をどうにか食べようとジビエ料理の開発が進んでいるそうで、つまりは山梨の新しい味になります。脂の少なく、やや硬いスジ肉を長時間かけて煮込むことでできるスープに甲州味噌を入れていただきます。
鹿のスープというのは、あまり馴染みはないですね。脂が少ない部位なのですっきりしています。店主さんは「気になる人は臭く感じるかも……」とおっしゃっていましたが、そんなことはなく、どこか独特な甘さがある気がします。
よく煮込まれているだけありお肉はやわらかく、軟骨の部分はプリプリとした歯ごたえが楽しめます。こんにゃくは、鹿出汁と味噌の味をたっぷり吸っていました。ジビエというと「お肉!」というイメージが強いですが、じっくり煮込んで出汁を取るような料理もおいしいですね。
続いて登場したのは「鳥もつ煮」(490円=中サイズ)です。山梨の郷土料理と聞いて間違いなく名前の挙がる一品。戦後、捨てられてしまう鳥のモツを活かす料理として甲府市のおそば屋さんで考案されたものだそうで、2010年のB-1グランプリで優勝したことから全国的な知名度が飛躍的に上がりました。山梨では居酒屋や、おそば屋さんでよく目にするほか、スーパーの惣菜としても販売されているんだとか。
鶏のレバー、ハツ、砂肝を醤油と砂糖で甘塩っぱく、テリが出るまで煮詰められています。アツアツのうちに、やわらかいレバーや、コリコリとしたハツや砂肝の歯ごたえを楽しみながら味わっていきましょう。
「もやし」さんでは、仕上げに焼き鳥で使用するタレを加えることでよりマイルドで香ばしい甘味がプラスされているため、やや濃いめの味付けなのでご飯と一緒に食べてもおいしいかもしれません。当然ながらお酒が進みます(笑)。
山梨郷土料理の王様「ほうとう」
そして最後に登場したのは「鉄鍋ほうとう」(890円)です。山梨の郷土料理として絶大な地位にあるのが、この「ほうとう」。起源は古く、平安時代とも安土桃山時代ともいわれます。山梨県民に深く根付いた料理といえるのではないでしょうか。県内にはほうとう屋さんが数多く存在し、そば屋さんのメニューにもナチュラルに存在しますし、ご家庭でも作って食べているそうです。
豚バラ、カボチャ、大根、ゴボウ、ニンジンなどの具材と、平べったいきしめんのような麺を出汁と味噌で煮た料理です。「もやし」さんでは1人前から食べることのできるサイズの鉄鍋で提供されます。
とても具沢山なうえに、麺まで入っていました。〆にはもってこいのメニューです。店主さんいわく、具材はお店や各家庭で差が出るものらしく、「もやし」さんで提供されるものは、ご店主のご実家のレシピをベースにしているんだとか。素朴な味噌味とカボチャの甘味が特徴で、なんとも優しい味です。
モチモチとコシのある麺を啜り、完食するころにはすっかりお腹いっぱい。心地よい満腹感が満たしてくれます!
あの天然水でできたお酒とは?
山梨の地酒で有名な銘柄というと、北杜市白州町の酒蔵・山梨銘醸さんの「七賢」です。力強い筆文字のラベルはとても目立つので、酒屋さんで並んでいるとすぐに目に飛び込んでくるお酒ですね。北杜市はサントリーのウイスキー工場・白州蒸留所があるおいしい水に恵まれた場所で、ウイスキー「白州」も「七賢」と同じお水を使って作られています。
今回オススメいただいたのは「七賢 純米吟醸 天鵞絨(ビロード)の味」です。華やかでフルーティーな甘さと吟醸香をたっぷり味わえ、軽く滑らかな喉越しでした。なるほどビロードのリッチさと、やわらかい肌触りを思わせる一杯です。
焼き鳥とお味噌でおいしい晩酌を提供
「もやし」さんは、今年で開業11年目。山梨県北杜市出身の小林和也さんが店長を務める、焼き鳥と田舎味噌をメインにしたお店です。自家製で調合した合わせ味噌を旬の野菜で食べ比べできるなど、ほかにない味噌へのこだわりのあるお店さんなんです。タイミングによっては、小林さんのご実家で作られたお手製のお味噌をいただけるんだそうです。
近いけど、近いゆえにあまり味わうことがない山梨の料理たち。果物もおいしいけど、土地で生まれたおいしい料理は気持ちがあたたかくしてくれます。ぜひぜひ西荻窪の「もやし」さんに山梨料理とおいしいお味噌を食べにきてくりょー!
<店舗情報>
「もやし」
住所:東京都杉並区松庵3-39-10 當間ビル1F
営業時間:17:00~翌1:00
※取材時の2021年3月には、緊急事態宣言下にあり、平日は15:00~20:00、土日祝は14:00~20:00で営業。テイクアウトも行っていた
定休日:無休
※メニューはすべて税別
古屋敦史
取材・文=古屋敦史、構成=小山田滝音(ブラインドファスト)