新聞報道によれば、証券取引等監視委員会がFXの規制強化に向け、金融庁に20~30倍の水準でレバレッジ規制を行うなどの制度改正を要請した。このレバレッジ規制については、夏にも実施される予定だ。いろいろな意味で、これは大きな衝撃だろう。

まず、投資家にとってはこれまでのトレーディングスタイル、および戦略の変更を強いられることになる。

2007年6月、米ドル/円が1ドル=124円を付けた円安局面においては、豪ドルやニュージーランド・ドルなどの高金利通貨を買い持ちにして、中長期的にスワップポイントを獲得していくという投資戦略が有効だったが、サブプライムローン問題やリーマンショックを経て、円高が急激に進行。世界的に金利が低下する局面では、スワップ派と呼ばれる投資家は、大半が大損を被った。

そこで、スワップ派に代わってFX投資家の中心になったのが、スキャルパーと呼ばれる短期投資家だ。彼らは、1分足という非常に短いチャートを用いて、分単位、あるいは秒単位で売買を繰り返すスキャルピングという投資戦略を駆使する。この手のトレードを可能にしたのが、近年、急速に進んだFX会社のコスト競争だった。なかには、手数料ゼロ円、スプレッド1pipsという、極めて低廉なコストで取引できるFX会社も登場した。

スキャルピングを行うためには、どうしてもレバレッジが高めになる。小さな値幅でも、ある程度の利益が得られるようにするためだ。10万円の証拠金を預託し、100倍のレバレッジをかけたとすると、想定元本は1000万円。1ドル=100円で全額投資すると、10万ドル分、投資したことになる。コストを除いて6pipsの幅を取ったとすると、実利益は6,000円だ。

ところが、同じ証拠金額を預託して、レバレッジが20倍になると、想定元本は200万円。1ドル=100円で全額投資した場合に買えるドルは2万ドルにしかならない。これで6pipsの値幅を取ったとすると、わずか1,200円だ。つまり、何回トレードを繰り返しても、利益が積み上がりにくくなる。

今までと同様の利益を確保しようと思ったら、まず預託する証拠金の額を増やさなければならない。最大レバレッジが20倍だったとしても、証拠金の額を5倍にすれば、10万円の証拠金で100倍のレバレッジをかけた時と、想定元本は同じになる。利益率は低下するが、実利益という点では同じだ。ただし、FXの魅力のひとつでもある「少額資金」での取引は難しくなる。自然、取引するためのハードルは高くなるというわけだ。

また、同じ証拠金額で同じ実利益を確保しようと思ったら、超短期売買という戦略は使えなくなる。レバレッジ100倍の時に、6pipsで取れた6,000円の実利益を、レバレッジ20倍で実現するためには、30pipsを取りに行かなければならない。1回のトレードに必要なタイムホライズンは、長くなる。

このように、利益を稼ぐ手法が変化したことで、果たしてどの程度の投資家離れが生じるのか。少なくとも、ギャンブル的なトレードは、鳴りを潜めることになる。少額資金でフルレバレッジをかけ、瞬間の値動きを捉えるというトレード手法は、通用しなくなるということだ。

一方、FX会社には、どのような影響が生じるのか。現在、130社弱あると言われるFX会社だが、超短期トレードを繰り返していた投資家が離れることによって、収益面でどの程度の影響が生じるのか。仮に投資家離れが進まなかったとしても、最大レバレッジの低下で投資家1人あたりの想定元本が下がれば、売買手数料やスプレッドから得ていた収益は目減りする。

加えて、レバレッジ規制に続いて信託保全の義務化も打ち出されてくるだろう。信託保全の完全義務化は、顧客資産の安全性を担保するうえで必要なものだが、FX会社にとっては、新たなシステム投資が必要なことから、コスト負担が重くなる。つまり、レバレッジ規制によって収入源のパイプが細る一方、コスト負担が重くなるのだから、これまでのように高収益を保つのが難しくなってくる。

レバレッジ規制と信託保全の完全義務化によって、FX会社の台所事情は間違いなく苦しくなってくる。その結果、業界再編が加速するだろう。すでに、売りモノとして出されているFX会社は、かなりの数に上るとの声もある。FX会社の成功ビジネスモデルは、完全に瓦解したと考えても良いかも知れない。

個人投資家が今行うべきことは、今後の業界再編に備えて、できるだけ経営健全性の高いところで取引することだ。

執筆者紹介 : 鈴木雅光氏(JOYnt代表)

主な略歴 : 1989年4月 大学卒業後、岡三証券株式会社入社。支店営業を担当。 1991年4月 同社を退社し、公社債新聞社入社。投資信託、株式、転換社債、起債関係の取材に従事。 1992年6月 同社を退社し、金融データシステム入社。投資信託のデータベースを活用した雑誌への寄稿、単行本執筆、テレビ解説を中心に活動。2004年9月 同社を退社し、JOYntを設立。雑誌への寄稿や単行本執筆のほか、各種プロデュース業を展開。