安倍首相が28日召集の臨時国会の冒頭に衆議院を解散することを表明しました。総選挙は10月10日に公示、10月22日に投開票となります。解散が浮上した当初は、選挙戦は自民党と民進党の対決と見られていましたが、今週に入って小池東京都知事が新党「希望の党」の代表就任を発表、一転して「自民党vs希望の党」との構図が焦点となってきました。小池氏の動きは政局流動化の台風の目になる可能性があり、経済政策をめぐる論争も活発化しそうです。
日程は絶妙のタイミング
安倍首相が解散を決断したのは、民進党が山尾志桜里議員の不倫問題などで劣勢になり同党の選挙準備も遅れていることから、「今なら勝てる」と読んだためと見られます。逆に解散の時期が遅れれば遅れるほど衆議院議員の任期切れが近づいて追い込まれたような形になり与党に不利になるとの判断もあったと思われます。
一方、北朝鮮情勢が緊迫化しているさ中で解散・総選挙を行うことに批判が出ています。特に10月10日は朝鮮労働党創建記念日なのでその前後は要注意です。ただ10月18日から中国共産党大会が開催される予定で、中国と北朝鮮の関係が悪化しているとは言え、中国共産党大会の直前や開催期間中に北朝鮮がさらなる挑発行動に出る可能性はさすがにやや低いと考えられます。また11月上旬にはトランプ米大統領の来日を控えています。
こうしてみると今回の解散・総選挙というのは、内外の情勢や日程をにらんだ絶妙な設定であることがわかります。北朝鮮情勢に的確に対応していく上でも、国民の信任を得ておくことは必要なことでしょう。
今回の解散には「大義がない」との批判もあります。ただ解散とは時の首相がさまざまな政策や課題について全体として信を問うものですから、むしろひとつのテーマだけで解散することの方が好ましくないとも言えます。その意味では安倍首相の判断はそれほど批判されるべきものではないと思います。
安倍首相、消費増税分の使い道を幼児教育無償化に変更
国民に信を問うテーマのひとつとして安倍首相は、2019年10月に予定している消費税10%への引き上げに際して増税分の使い道を変更する考えを打ち出しました。具体的には、これまで増税による税収増5兆円のうち4兆円を借金返済に充て、1兆円を社会保障充実に充てることになっていましたが、借金返済分の4兆円の半分を幼児教育の無償化など「人づくり革命」に回すというものです。そして「消費増税分の使い道は国民との約束であり、それを変更する以上、国民に信を問わなければならない」と説明しました。
これに対して民進党は、増税による税収増の全額を就学前教育の無償化と大学授業料減免に使うとしています。つまり、増税分の使い道の変更という点では自民党も民主党も基本的には同じで、「全額」か「半額」かの違いというわけです。前原代表は「増税分を教育に回す考えは、もともと我々が主張していたもので、安倍首相はトンビが油揚げをかっさらうようなもの」と批判しています。同代表は同時に「我々の考え方に自民党もようやく理解を示したことは歓迎したい」と強がっていましたが、民進党の主張はやや影が薄くなっている印象です。
大勝負に出た小池氏、消費増税凍結を主張
そうしたところに割って入ってきたのが小池氏です。25日に新党立ち上げと自らの代表就任を発表し、その後のメディアのインタビューで「実感の伴う景気回復まで消費増税は立ち止まる。さもなければまた景気の腰折れを招く」と述べ「消費増税の凍結」の考えを表明しました。自民、民進両党とは違う土俵で独自性を打ち出した形です。
消費増税についてはこれまでも選挙に争点になってきました。もともと有権者の間には消費増税に反対ないし慎重な意見が多いだけに、小池氏はこの問題で支持を広げることを狙っているようです。
小池氏はまたエネルギー政策で「原発ゼロ」を掲げました。そのうえ、新党立ち上げ会見と同じ日に小泉元首相と会談し、「がんばれと励まされました」と明かしました。小泉氏は3年前の都知事選で原発ゼロを掲げて立候補した細川護煕元首相を応援した経緯があるだけに、小池新党と小泉氏が連携するのではとの憶測を呼んでいます。
そして細川氏は、まさに小池氏がテレビキャスターから政治家に転身するきっかけを作った人です。1992年に細川氏が自民党を離党して日本新党を結成し、その時に真っ先に参加したのが小池氏でした。当時、小池氏は「政界再編の起爆剤になる」と語っていましたが、その言葉通り1年後に細川内閣が誕生したわけです。小池氏の当時を良く知る者としては、昨年の都知事選に続く今回の新党立ち上げと代表就任は「ちょうど25年前と同じように大勝負に出た」とつくづく感じます。
その観点から言うと、小池氏が都知事を辞任して衆院選に自ら出馬するかもしれません。本人は否定していますが、「ここが最大の勝負どころ」と判断すれば、ありえない話ではなさそうな気がします。もしそうなれば、さらに「小池旋風」が巻き起こり、選挙は波乱の展開になるかもしれません。
政界の大再編の予感?
小池氏が出馬しなくても、同氏が党代表に就任したことで希望の党は自民党の批判票の受け皿となり、かなりの議席を獲得する可能性が出てきました。果たして何議席を獲得するかが焦点です。小池氏はテレビ番組で、選挙後の首相指名で「希望の党はだれに投票するのか」と聞かれ、「(公明党代表の)山口那津男さん」と答えました。なかなか意味深な発言ですが、早くも政局のキャスティングボートを握っているかのようです。
こうした中で民進党は埋没する恐れもあります。そのため同党は小沢一郎氏率いる自由党との合流を検討していると伝えられていますが、その一方で小池氏との連携も模索しているようです。連携どころか「民進党が希望の党に合流へ調整」との報道も飛び出してきました。もしそれが実現すれば、希望の党は一気に"大政党"になるわけですし、それこそ小池氏自身が衆院選に出馬する可能性が高まりそうです。
しかし小池氏は「改革保守」が基本的な立場だと発言しており、「民進党丸ごと」の連携には否定的です。民進党内でも左派は保守色の強い小池新党に合流することには抵抗感が強いはずで、民進党が分裂・解体へと向かう可能性も否定できません。
こうしてみると、政界は歴史的な大再編が起きるかもしれません。ただ小池氏の政治信条はもともと、今回の消費増税凍結や原発ゼロを除けば安倍首相ときわめて近いのです。再編の行方にもよりますが、小池新党は選挙戦では自民党との対決色を強めても、選挙後は自民党と憲法改正や安全保障問題などで連携する可能性も高いと見ています。
小池新党に弱みも~具体性に欠ける政策
ただ小池新党にも弱みがあります。それなりの資質を備えた候補者を揃えることができるかという問題がありますが、政策の面でもまだあいまいな点が多く具体性に欠けている印象は否めません。たとえば消費増税を凍結するなら、税収増が見込めなくなる分の社会保障充実や教育無償化などをどうするのか、財政健全化の道筋をどうするのか、などについては言及していません。原発ゼロについても、原発に代わるエネルギー源の開発計画などを早急に示す必要があります。
さらに3年後に迫っている東京オリンピック・パラリンピックの準備は東京都と国の緊密な協力が不可欠ですし、それはまさに東京都知事の最大の仕事とも言えるものです。小池氏自身の衆院出馬の可能性はともかくとして、東京都知事と党代表という二足のわらじに無理はないのかという懸念にきちんとこたえていくことが求められています。
いずれにしても、25年前に小池氏が担った時のような政界再編が再び起きるのでしょうか。政局という面だけでなく、政策の面で選挙戦で各党がしっかりとした論戦を戦わせることに期待しましょう。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。
オフィシャルブログ「経済のここが面白い!」
オフィシャルサイト「岡田晃の快刀乱麻」