米国のトランプ政権の混乱が拡大しています。8月12日にバージニア州で白人至上主義団体が反対派住民と衝突した事件をめぐり、トランプ大統領が白人至上主義者を擁護するような発言を繰り返したことから全米で抗議が広がる中、白人至上主義的な思想の持ち主で「影の大統領」と言われたスティーブ・バノン首席戦略官・上級顧問が解任されました。トランプ政権はもはや崩壊寸前といった様相を呈しています。一体、何が起きているのでしょうか。

まず、バージニア州の事件とトランプ大統領の対応から見てみましょう。この事件は同州シャーロッツビルという米南部の町で、南北戦争の南軍を指揮したロバート・リー将軍の銅像の撤去に反対するKKK(クー・クラックス・クラン)など白人至上主義団体が集会を開き、それに抗議する人種差別反対派住民と衝突し死傷者を出しました。

南北戦争(1861~1865年)は、奴隷制廃止を掲げるリンカーン大統領が就任したことに反発して南部11州が南部連合を結成したことから勃発し、5年におよぶ内戦となりました。米南部では今でもリー将軍は南軍の英雄とされ、銅像や南軍の軍機などが各地の公園や公共施設に設置されているのが実態です。しかし近年になって、それらは人種差別の象徴として撤去する動きが広がっており、これに白人至上主義者が反発して事件を起こしたのです。

さらに、事件に対するトランプ大統領の態度が火に油を注ぐ結果となりました。事件の起きた12日、トランプ大統領は「さまざまな立場の人の暴力を最も強い言葉で非難する」との声明を発表しましたが、喧嘩両成敗のような表現に終始し白人至上主義者を明確に批判しなかったことから、各地で抗議行動が広がりました。そこでトランプ大統領は14日、「12日の声明で非難した対象には白人至上主義者、KKK、ネオナチなどすべての過激主義団体が含まれる」との声明を出し、事態の鎮静化を図ろうとしました。

ところがその翌日、トランプ大統領は一転して「双方に非がある」と発言、「双方にいい人はいた」などと白人至上主義者を擁護するような態度を見せたことから、批判が一段と広がることになりました。せっかくの前日の声明が台無しです。この発言は記者会見での受け答えの中で飛び出したもので、記者の質問に対し「怒りをあらわにして反論した」(日本経済新聞8月16日付け夕刊)そうです。それだけに、これが本音と見られます。

こうしたトランプ大統領に対し全米各地で抗議デモや集会などが開かれただけでなく、経済界からも批判する声が高まりました。製薬大手のメルク、半導体大手インテル、金融大手ゴールドマン・サックスなどの名だたるCEOたちが大統領の助言組織からの脱退を相次いで表明、ついに同組織は解散に追い込まれました。

与党である共和党の幹部も相次いでトランプ大統領を批判する発言をしています。さらに注目すべきは、米軍トップから批判の声が上がったことです。報道によると、陸海空と海兵隊の4軍トップはそれぞれツイッターなどに「人種差別を許さない」などと投稿しました。軍のトップが米軍最高司令官である大統領を暗に批判する態度を表明するのは異例です。

こうしてトランプ大統領は四面楚歌のような状態に陥っていますが、それででもトランプ大統領の発言は続きます。17日には、リー将軍の銅像などの撤去について「大変愚かだ。次はだれだ。ワシントンか、ジェファーソンか? 」とツイッターに投稿していました。

トランプ大統領のこうした人種差別的、白人優位の姿勢に大きな影響力を持っていると言われていたのが、大統領の側近中の側近、バノン氏でした。今回の衝突事件への一連の対応もバノン氏の考えに沿ったものだったと言っていいでしょう。ところが18日になって、そのバノン氏を解任したのです。白人至上主義への批判の高まりと混乱拡大を食い止めることが狙いのひとつと見ることができます。

しかしバノン氏の更迭は、今回の問題が起きる以前から検討されてきたようです。バノン氏は強硬な人種差別主義、排外主義を主張し、イスラム圏からの入国禁止令などの政策を主導してきましたが、その極右的思想と攻撃的な言動はホワイトハウス内で軋轢を生み、トランプ氏の娘婿・クシュナー氏など穏健派との対立がたびたび報じられていました。特に最近は、7月に就任したばかりのケリー首席補佐官と激しく対立していたそうです。ウォール・ストリート・ジャーナルは社説で「残された道はバノン氏が去るか、トランプ大統領が就任したばかりのケリー氏を失うか、のどちらかだった」と指摘しています。

このような経過から見ると、バノン氏の解任によってトランプ政権の政策が穏健な現実路線に軌道修正される可能性があります。極端な移民制限政策の修正や外交・安全保障政策での同盟国との協調強化、経済政策での極端な保護主義路線から自由貿易重視への転換などが実現すれば、米国にとってプラスになるだけでなく世界にとっても好ましいことです。

実際、バノン氏解任が伝わった18日のニューヨーク株式市場では、100ドル余り下落していたダウ平均株価はこのニュースを好感して上昇に転じ、一時は42ドル高まで上昇しました(終値は結局76ドル安でしたが)。

■ バージニア州のデモ衝突事件をめぐる経過 (各種報道より)
12日 バージニア州で白人至上主義団体が人種差別反対派住民と衝突
トランプ大統領が声明「さまざまな立場の人の暴力を非難する」
13日 全米各地で、トランプ大統領への抗議行動
14日 メルク、インテルなどのCEOが大統領助言組織の辞任を表明(~16日)
トランプ大統領が声明
「白人至上主義者、KKK、ネオナチなどすべての過激主義団体を非難」
15日 トランプ大統領が記者会見「双方に非がある」「双方にいい人はいた」
トランプ大統領が、ツイッターで
CEOの大統領助言組織の辞任について「代わりはたくさんいる」
16日 トランプ大統領、二つの助言組織を解散
17日 トランプ大統領がツイッターで、南軍リー将軍像撤去について
「大変愚かだ。次はだれだ。ワシントンか、ジェファーソンか?」
18日 バノン首席戦略官・上級顧問を解任
■ 退任した(または解任された)トランプ政権の幹部
2月 フリン大統領補佐官(国家安全保障担当)
5月 コミーFBI長官
7月 スパイサー大統領報道官
プリーバス首席補佐官
スカラムチ広報部長
8月 バノン首席戦略官・上級顧問

しかし、これでトランプ政権の前途が明るくなったわけではありません。むしろ混迷が深まる可能性もあり、「終わりの始まり」かもしれません。今後のトランプ政権を見るうえで3つのポイントがあります。3つのリスクと言い換えてもいいでしょう。

第1は、バノン氏解任がトランプ大統領の中核的な支持層の批判を招く可能性です。そのカギはバノン氏自身が握っていると言えます。古巣の極右ニュースサイトに戻った同氏がもしトランプ批判を展開し始めれば、トランプ政権に打撃となるでしょう。トランプ大統領はこれまでも多くの批判を受けながらも、固い支持基盤に支えられてきました。各種の世論調査で支持率は40%前後まで低下していますが、その中身は岩盤のようだと評されてきました。しかしその岩盤が崩れれば、トランプ政権は持ちこたえられなくなります。

第2は、ホワイトハウスの体制立て直しができるかどうかです。バノン氏という"問題児"がいなくなることで、ホワイトハウス内の内紛が収まる可能性はあります。しかし政権発足以後わずか7カ月の間に、フリン国家安全保障担当補佐官、スパイサー報道官、プリーバス首席補佐官(いずれも当時)など、6人の幹部がホワイトハウスを去っており、中でも7月末に解任されたスカラムチ広報部長は在任わずか10日というありさまでした。このほかに辞任・更迭をうわさされる閣僚もいます。政権の体制はすでにガタガタと言っていい状態なのです。これには「内紛」だけでなく、トランプ大統領のガバナンス欠如が原因とみられる点も多く、ロシアゲート疑惑が絡んでいるものもあります。それらは今後もつきまとう問題ですから、政権の体制立て直しは容易ではないと見られます。

第3は、与党・共和党および議会との関係です。今回の白人至上主義者による事件とトランプ大統領の発言に対し、野党の民主党はもちろん、与党の共和党議員からも公然と批判する声が相次いでいます。議会との溝が広がっていることで、一段と政策が通りにくくなりそうな情勢です。経済政策の目玉として期待されていた大型減税やインフラ投資なども見通しが立っていません。

当面、焦点となるのが債務上限引き上げ問題です。米国では政府が発行する国債の金額(債務)の上限を法律で定めていますが、現在はその上限を引き上げる必要があり、その期限が9月末にやってきます。そのため9月中に議会の承認が必要なのですが、現在の議会の空気では与野党が合意できるか微妙な見通しだそうです。もし期限までに議会の承認が得られなければ10月から予算の執行ができなくなり、政府機関の窓口閉鎖という事態に至るおそれがあるのです。実際、過去に何度か政府機関の窓口閉鎖は起きており、そのたびに混乱が広がり株価も急落しました。

このように、3つのリスクが現実になれば米国経済や株価にもマイナスの影響は避けられません。米国の株価はこの間、トランプ政権の多少の懸念はあっても堅調な景気を背景に上昇基調を続けてきましたが、今回の事件を受けて下落傾向となっています。ダウ平均株価は、政権への批判が高まった17日に274ドル安と今年2番目の下げ幅を記録し、バノン氏が解任された18日は一時は上昇したものの終値では76ドル安となりました。今のところ、まだ高値圏の水準にありますが、政治混乱が長引けば株価の下押し要因となることが懸念されます。

これは日本の株価にも影響します。日経平均株価も18日は232円安となり、3か月半ぶりの安値まで落ち込みました。為替市場ではドル売りを招き、日本にとっては円高という形で打撃を受けることになりかねません。現在は堅調な景気ですが、今後の政治情勢によっては景気にも悪影響が出てくるでしょう。

また北朝鮮情勢も依然として緊迫した情勢が続いており、こうした時期に米国の政権が混乱することは、きわめて憂慮すべき事態です。北朝鮮が米国の足元を見てさらに挑発を強めるおそれもあります。

トランプ政権がここで態勢を立て直して政策も軌道修正できるか、あるいはこのまま崩壊に向かうのか、まさにここが重大な局面です。ただ「政権崩壊」と言っても、米国の大統領は簡単には退陣できない、させられない仕組みになっており、その点がまた厄介なところです。これについては、別の機会に詳しく論じたいと思います。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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