「人生100年時代」と言われる現代。20代でも早いうちから資産形成を進めることが求められています。一方で、どのように投資・資産運用の目利き力を磨いていけばいいのか、悩んでいる方は多いのではないでしょうか。
この連載では、20代の頃から仮想通貨や海外不動産などに投資をし、現在はインドネシアのバリ島でデベロッパー事業を、日本では経営戦略・戦術に関するアドバイザーも行っている中島宏明氏が、投資・資産運用にまつわる知識や実体験、ノウハウ、業界で面白い取り組みをしている人をご紹介します。
「AIエージェント」についての連続インタビュー、第3回は「コンシューマーサービスにおけるAIエージェント活用」をテーマに、セールスフォース・ジャパンの依田健氏にお話を伺いました。
「AI活用がマスト」な業界
――依田さんは幅広い業界を担当されていますが、AIの活用が急がれるのはどのような業界でしょうか?
依田氏:特に不動産、建設、航空、ホテル、人材サービスなどは、少子高齢化による労働力不足の影響をダイレクトに受けています。企業の存続に関わる深刻な課題であり、倒産やM&Aも頻繁に起こっています。需要と供給の乖離があり、特に建設業界や物流業界、警備業界などは顕著で、会社の存続が危ぶまれるレベルです。大手企業に吸収されるか、地方に根差した地場企業しか生き残れない可能性が高いでしょう。
こうした業界にとって、AIの活用はもはや「あると便利な技術」ではなく「生き残るために必要な手段」になっています。人依存の労働力の限界が来ており、いかにAI、デジタルを使うかが課題です。ただし、単に導入すれば良いというものではなく、企業が持つデータの質と、それをどう活かすかが問われる段階に入っています。
「どのようにして他社との差別化を図るか?競争優位性は?」という問いは、AI活用でも重要です。AIモデルで差別化するのではなく、その企業が保有するデータの質がポイントになります。「同業他社がAIエージェント使っているから」自社でも導入できるわけではなく、自分たちで試さないと成果にはつながりません。どんな質のデータが必要なのか、効果があるのか……トライ&エラーをくり返すことで成果を得られます。
そのため、AIエージェントはまず、コンシューマーサービス企業にとっての投資領域になるでしょう。人材紹介業や不動産仲介業は、フロー型、いわゆる売り切り型のビジネスモデルが多いですが、いかにストック型のビジネスモデルに変貌させるかが重要です。顧客やデータを「ストック資産」として捉え、データを活用することで顧客のLTV(ライフタイムバリュー)の最大化を図ることができます。
「人」の限界と「AIエージェント」の可能性
――LTVの最大化は、あらゆる企業にとって重要ですね。
依田氏:はい。たとえば不動産仲介業では、取引は一生のうち数回に限られ、リピートが期待しにくいビジネスモデルです。しかし、顧客とのタッチポイントを継続的に持つことで、次回の取引時に再び選ばれる可能性が高まります。
とはいえ、すべての接点に人員を配置するのは非現実的です。そこでAIエージェントが、24時間365日対応し、きめ細やかなコミュニケーションを担う役割を果たします。人の工数をかけず、収益に見合うコストでビジネスとして成立させることが可能です。顧客はサービスの中身よりも、そこで得た「“感情”を記憶している」と言います。良質な顧客体験を創出し、顧客のLTVを最大化することが、今後の企業価値を左右します。
今は情報過多で顧客は選択肢が多いわけですから、いかに良質な顧客体験、良い感情を生み出すか、ホスピタリティが重要です。AIが人を完全に代替できるわけではなく、「人」というタレントがどれだけ活躍できるか。そのためのAIエージェント活用が重要であると考えています。夜中の問い合わせに、人は即レスできませんがAIであればできます。若い世代ほど待てなくなっているので、即レスが当たり前。レスポンスが悪いと、コンテンツはネットに溢れているので見込み客は目移りしてしまいます。AIエージェントを活用し顧客体験の質を上げていくことで、LTVの最大化も実現できるのではないでしょうか。
航空・ホテル業界に見るタッチポイントの再発見
――不動産仲介以外では、どのような業界でAIエージェントの活用は進んでいるのでしょうか?
依田氏:海外の事例ですが、航空業界ではAIエージェントを活用して非航空領域での収益化に挑んでいます。たとえば、機内でのミールアップグレードや、Wi-Fiを通じたリアルタイムのサービス提案などが挙げられます。「マイルのランク」「過去に注文したミール」「毎回毛布を頼む人なのか」などが記録され、CAがそれらの情報を把握して接客することで体験価値の向上も可能です。
また、ホテル業界でも、チェックイン時の希望、過去の宿泊履歴、料理やドリンクの好み、水やタオルの必要数などの情報を事前に分析し、顧客一人ひとりに合わせたサービスを提供する動きが進んでいます。AIエージェントが「このお客様は、他のお客様となるべく接したくない」「前回毛布を2枚頼んだ」といった情報を元に接客を最適化することで、パーソナライズされた体験価値を提供できます。
人材業界で変わる転職のストーリー設計
――すでにグローバルではAIエージェントの導入が進んでいるのですね。人材業界では、どのような活用が考えられるでしょうか?
依田氏:人材業界でも、AIエージェントの活用は進んでいます。特に、求職者の多様化するキャリア志向に対して、パーソナライズされたスカウトやオファーメールの提案が重要になっています。
たとえばECサイトのレコメンドのように、「あなたと似た経歴・スキルの人は、こんな転職をしています」という提案ができ、求職者自身が不安を抱える中で、自分と似た事例を提示されることは大きな安心材料になります。
スカウトやオファーメールのA/Bテストをくり返しながら、求職者の心に響くストーリーをつくりあげていく。このプロセスは、AIが得意とする領域です。求職者の就職・転職体験も変化していくと思います。現在は、副業や複業、リモートワークなど働き方が多様化していますし、キャリアパスもベンチャー企業、中堅企業、大手企業、地域企業など多様です。また、これまではたとえば「国内大手コンサルからグローバルコンサルへの転職」など、ステレオタイプなオファーをしていたかもしれませんが、キャリアの趣向性も変容しています。転職は人生の岐路ですから、「これが正しい選択」と思いたいのが人間です。その手助けが、AIエージェントであればできると思います。
ロボティクスと融合する次のAIのカタチ
――AIというと、今はまだPCやスマホで利用するイメージですが、今後はそれも変化しそうですね。
依田氏:そうですね。AIエージェントは、今後は物理空間にも進出していきます。すでに飲食店で見かける「配膳ロボット」はその一例で、AIとロボティクス、IoTが融合することで、現場における新たな接客が生まれつつあります。
今の人材派遣会社が、将来はAIエージェントの“派遣業”が現れる可能性もあります。人手不足の中で、いつでも契約を切れる・365日働けるというAIエージェントの特性は、企業の労働力戦略に大きな影響を与えそうです。人を雇用するのか、AIエージェントが備わったロボットを導入するのか、という選択ですね。
ただ、どんなにAIが進化しても、人によるホスピタリティには代えがたい価値があります。表情の微妙な変化を読み取ったり、空気を察して一歩先の対応をしたりといった「ラスト1メートル」の接客は、人にしかできない領域です。AIエージェントはあくまで、そうした人の能力を最大限に発揮するためのサポート役で、「AIが分析したデータをもとに、人が最適な行動を取る」ことで、顧客体験が飛躍的に高まると期待しています。
AI活用は事業部門主導へ
――依田さんは日々たくさんの企業の方と接していると思いますが、コロナ禍のDX、最近のAIと、さまざまな取り組みの中で感じる変化はありますか?
依田氏:これまでのDXは、情報システム部門やDX推進室が主導するケースが多く見られましたが、AIエージェントの活用に関しては、事業部門が主体となって動き始めています。
特に不動産や建設など、これまでデジタル化があまり進んでいなかった業界においても、「現場で使える」「現場の課題を解決できる」という実感が得られやすくなっているからです。事業部門の人と一緒に未来をディスカッションできるのは、とても楽しいですね。
また、経営層が「どの業務にAIを使い、AIを活用する人材も含めて、どんな人材を配置するか」を戦略的に考える時代に入りました。人事戦略にAIやロボットが入ることになり、人の役割が変わりますから、人事評価の在り方も変わると思います。
「補助」ではなく「変革」をもたらすAI
――人事評価は「こういう人材を会社は評価します」という、会社から社員へのメッセージですから、ある意味では会社のカルチャーが現れますよね。
依田氏:そう思います。AIエージェントの利活用は、企業カルチャーのトランスフォーメーションにもつながるのではないでしょうか。Copilot型の生成AIは、あくまで人の作業を補助する存在ですが、AIエージェントは企業の構造やビジネスモデルそのものを変える力を持っています。
たとえば、属人的な判断に頼っていた接客や営業も、AIが分析したデータをベースに再設計されることで、より安定的で再現性の高いサービス提供が可能になります。AIとどう共に働き、どんな未来を築いていくのか。それは、今を生きるビジネスパーソンすべてに問われているテーマです。

