連載『モノの価格』では、楽天証券経済研究所 コモディティアナリストの吉田哲(さとる)氏が、コモディティと呼ばれる原油や金などの商品の価格決定の仕組みや、現在の価格の動向やその背景などについて解説します。
金価格は急騰した1980年のレベルに
以下の図1のとおり、金価格は急騰した1980年のレベルに達している(年平均ベース)。
かつては「有事の金買い」「金は安全資産」などとたとえられたとおり、戦争・紛争などの有事が金価格を上昇させる最たるものであった。
しかし、似通った価格の水準であっても、今と1980年とでは状況は大きく異なっている。
最も注目すべきは、さまざまな国の通貨が不安をかかえるという時代背景の折、現在は「不安定な通貨の代わりとして金を持つ」という考え方がメインになってきているという点だ。
図1. 1980年前後と2000年以降の金を取り巻く環境の比較
起きた出来事を図1下部の年表で見てみると、1980年前後の金急騰には戦争・紛争などのリスクがメインの変動要因になっていたことがわかる(これが、「金=有事で上昇」のイメージを強く印象付けた出来事だったと思われる)。
その後、一旦価格は下落するが、2000年以降上昇して価格が80年前後と同じ水準となったが、メインの変動要因は今どうなっているのだろうか?
次の資料は、国内大手地金商の金地金の年平均(単位:円 / グラム)価格に対し、どの変動要因がその時どの程度インパクトを与えていたかについて、変動要因の発生・消滅、拡大・縮小など出来事のタイミングなどを考慮して筆者が作成したイメージ図である。
図2.多様化(多層化)が進む2000年以降の変動要因イメージ
ポイントは以下の2つである。
変動要因の多様化(多層化)
代替通貨としての需要が増加
多層化が要因となり、「有事による安全資産のための金買い」・「原油価格上昇によるインフレをヘッジするための金買い」という1980年前後に見られた金の買われ方の割合が低くなってきている。
割合が高くなったのが「代替通貨としての金買い」
かわりに割合が高くなったのが先述の「代替通貨としての金買い」である。
米国は金融緩和を終了したが、欧州・日本はまさに今、自国の通貨を切り下げる措置をとって景気を上向かせようとしている。
加えて、ギリシャなど、もともと財政に懸念が生じている国、原油価格の下落により財政が不安定になった国などの通貨も不安定な状況が続いている。
こうした通貨が不安定な環境の中、これらの通貨の代替として保有する妙味が出てくるのが「金」ということである(これが「代替通貨としての金買い」の背景である)。
金の役割の交代がきっかけとなり有事が金価格に与えるインパクトが弱まった、これが本稿のテーマである「有事でも金が急騰しない」と考える理由である。
現在のマーケットの参加者は、有事よりも通貨が不安定であることを材料視
現在のマーケットの参加者は、有事よりも通貨が不安定であることを材料視しているということである。
さらに言えば、今、中東地域などで起きている有事が解消したとしても1980年過ぎに起きたような価格の大幅下落にはならないのではないか? ということである。
1980年前後の急騰後の下落の要因の一つに、有事が解消された(戦争が終わった)ことが上げられるが、上述のとおり、今は1980年前後の「有事の金買い」ではなく、「代替通貨としての金買い」にメインの変動要因が変わっているため、仮に今、有事が去ったとしても代替通貨としての需要が下支えする要因になるため、価格は1980年前後ほどの下落にはならないと考えている。
以上、本稿が読者の皆様の参考になれば幸いである。
執筆者プロフィール : 吉田 哲(さとる)
楽天証券経済研究所 コモディティアナリスト。テクニカルアナリスト。大学卒業後から、コモディティ業界に入る。2007年から、コモディティアナリストとして、セミナーや投資情報提供業務を担当。2015年2月から、楽天証券経済研究所 コモディティアナリストに就任。海外・国内のコモディティ銘柄の個別分析や、株式・通貨とコモディティの関連に着目した分析が得意。楽天証券ホームページにて「週刊コモディティマーケット」を配信中。