漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「病院」だ。

基本的に年を取るほど病院という存在は身近になっていき、中には「住んでる」レベルで病院に存在している老もいる。

しかし交通手段は何にせよ、病院への往復、待合室で「俺は永遠に名前を呼ばれない異次元に転生しちゃったのでは」という悠久の時を過ごし、医者の「とりあえず今すぐどうこうなるものではないと思うけどとりあえず検査しますか」と、原稿なら「とりあえず被り」で間違いなく赤が入ることを言われ、検査のために再び異次元転生、という行為は体力、何よりガッツが必要である。

つまり足繁く病院に通う老は逆に元気説を唱えたい。

むしろ不健康で早死にの人間は「病院が嫌い」な場合も多い。

万能ではないが体の不調というのは病院へ行くのが一番手っ取り早い。そこを嫌がるから長患いしたり、重大な病気が手遅れになるまで放置してしまったりするのである。

病院は元気になりに行く場所なので、家で首にネギ、頭にキャベツという無課金兵より、病院で点滴をキメて座薬をもらう課金兵の方が少なくとも早く元気にはなりやすい。

私は典型的、初期装備「アルミホイルの兜」のまま全クリを目指そうとするタイプだが、そのせいで「歯」に3桁万円の治療費×2と数年の通院をする羽目になった。

つまり健康に関しては無課金で済まそうとした結果、強制廃課金になる場合があるので「微課金を躊躇しない」方が結果的にコスパが良くなる。

よって癌細胞ですら「とりあえずそこに置いとく」でお馴染みの私だが、定期検診を自分で予約し、不具合があれば再検査するぐらいはしている。ちなみに無職なので定期検診の費用は誰よりも高い。

確かに国的には無職よりも会社員の方に健康でいてほしいかもしれないが、不健康な無職は結局生活を国に頼ることになり、多くの血税が使われることになる。

そうならないためにも「無職にも微課金」の精神を忘れないでほしい。

だが、定期検診や再検査に行くと言っても「私にしてはよくやっている」のレベルであり、検診も毎年必ずではなく「1年半ぶり」などの中途半端なサイクルであり、再検査も再検査と言われてから「4カ月後」とかに行ったりする。

前に再検査に行った時「4カ月前の検診の再検査なのに今頃きたのか」と若干呆れ気味な反応をされたが、心外である。

冷静に考えてみてほしい、4カ月も放置していたら「恥ずかしくて今更いけない」という羞恥心とプライドが発動して「もう行かない」という結論になってしまうだろう。そしてその結論が命取りになってしまう可能性もある

よって「4カ月放置した再検査のために恥も外聞もなく今更ノコノコやってきた」というのは、快挙であり、そのプライドのなさが命を救うかもしれないのだ。

よって医者は今更ノコノコやってきた患者に対し呆れではなく「今更どのツラ下げて、よく来やがったな、まあ尿でも取ってけよ」というツンデレ対応をしてほしい。

その検査の結果、特に大きな問題はなく、本当に今更ノコノコやってきたマヌケ面になってしまったが、それが一番である。

病院に行きたくない理由として、面倒というのもあるが「こんなになるまで放置して」という「怒られ」が発生するのではないか、という危惧もある。

しかし仕事のミスと同じで、病気というのも放置すればするほど悪化し、怒られもでかくなっていく。仕事のミスなら巨大な怒られだけで、あとは周りを巻き込んで解決することもあるが、病気を放置したツケは5億%自分に返ってくるし「未解決のまま死亡」という結末も少なくない。

よって病院へは「今更」ではなく「ここまで放置しておきながら死ぬ前に病院に来た俺はすごい」という己の迅速な対応を褒める方向で行ってほしい。

もしそれを「遅い」という医者がいたら「動きが速過ぎてこいつには止まって見えている」だけなので気にすることはない。

ソシャゲも「3000円課金で星5確定」を回すのをケチって、その後3万課金するということもある。その場のことではなく、ロングな視点で見て、健康とソシャゲには微課金を惜しまないでほしい。

だが、健康とソシャゲには「公平ではない」という共通点もある。

天井9万まで回してやっと1枚手に入れる人間もいれば、無料10連で3枚抜く人間もいるのだ。

健康も、完全無課金で、病気一つしない人間もいれば、かなりの額を投資したのに重病にかかる人もいる。

理不尽この上ないが、その点に文句をつけても運営という名の神に「利用規約にそういう仕様だと書いてありますが」と言われるだけである。

つまり廃課金しすぎも良くない、ということだ。

ガン家系に生まれた人が自分もガンになると思い込み、生涯をガン予防とガン検診に捧げ結局ガンにはならず、何も残らなかったという例もあるという。

病気になると「あれが悪かったのでは」という後悔や自分を責める気持ちが生まれてくるが、ガチャが「出る時は出る」なのと同様に「なる時はなる」のが病気である。

ひとまず「仕様です」ということで今後を考えていくしかない。