漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
今回のテーマは「ファミレス」である。
ファミレスと言えば俺たちの「ジョイフル」が大量閉店してしまった。
ジョイフルを知らないという田舎者は都会に帰ってミラノ風ドリアでも食っていろ。
ちなみにサイゼリヤだって、我が県には「3店舗」ほどある、舐めるな。
ジョイフルとは九州を中心に展開しているファミレスチェーンだが、ブラックモンブランが売られていることでも有名な我が山口県にも店舗が多くある。
ジョイフルの特徴はまず安いことである。
よって、ジョイフル圏内の人間は金のない学生時代などに、電影少女の次にジョイフルのお世話になっていると思う。
安くはあるが、料理が悪いわけではない。ちょっと量は少ないかもしれないが、私は特に不味いと感じたことはない。
ただソファは何かの刑罰かというぐらい堅く、また便座が冷たいので、そこらのお嬢ちゃん育ちが何の覚悟もなく座ると即死の恐れある。
ゆっくり座る、もしくは若干腰を浮かせて用を足すのが正しい冬のジョイファーだ。
ソファが「さっき岩から削り出してきた」というぐらい堅いので長居には向かないのだが、そもそも「午前2時」という中途半端な時間に閉店する店舗もある。
始発を待つつもりで入店したら、一番寒い時間に外に出されることになるので、営業時間の確認は忘れてはならない。
あとジョイフルと言えば「ドリンクバー券」である。
ドリンクバーが安くなる紙の券をくれるのだが、キャンペーン中とかではなく、常時人数分くれるので、ジョイフル圏の人間は大体一生分のジョイフルドリンクバー券を所持している。
そんなジョイフルが大量閉店すると聞いてショックを受けたのだが、漫画の打ち切りが発表されてから「好きだったのに」という、金払いの悪い読者と同じで、ここ数年ジョイフルに行った記憶がない。
だがジョイフル以前に最近「ファミレス」自体に行った記憶がない。
「ファミレス」というのは、前述通り金のない若者や、終電を逃がし、お持ち帰りも特にされなかった敗残兵が籠城する最後の砦としても機能しているが、元々は名前の通り「ファミリー」のものである。
家族で出かけた帰りに寄る場所だったり、「今日夕飯を作るぐらいなら一家心中を選ぶ」という、疲弊した現代の子育て世帯の救世主だったりする。
たとえ4人家族でも、外食ともなれば結構金額がかかる。レストランでありながら比較的安価なファミレスは家計にも優しい。
逆に言うと我々みたいな、外出趣味のない中年夫婦世帯にはあんまり用がない場所なのだ。
特に私は、外出するぐらいなら料理をする、もしくは死を選ぶタイプである。
外食するとしたら誕生日とか、夫が私の作った物以外を口に入れないと精神がもたない時だけなので、そういう時にファミレス、ましてジョイフルという選択肢はあまりない。
辛うじて友人などと集まる時に使う時もあるが、滅多にないし、そう言う時も「俺たちも良い大人なんだから、ジョイフルじゃなくてガスト行こうぜ」みたいな空気がある。
よって「わざわざファミレスで飯を食う」というシチュエーション自体が全くなくなってしまったのだ。
逆に今思えば、若い頃はよくあんなにファミレスに行っていたし、あれだけ長時間喋ることができたなと思う。
若い頃は何かあればすぐ「ファミレスに集合」という召集令状が出て、何時間も軍略会議が開かれ、議会が紛糾すると、必ずドリンクバーを混ぜ出す者が現れた。
ちなみにドリンクバーを混ぜることを推奨しているのもジョイフルの特徴だ。
最近はドリンクバーを混ぜる時間まで行けないし、それどころか2杯ぐらいで腹が水っぽくなり、ドリンクバーよりも便所を往復するようになってきた。
だが、当時何について議論を戦わせていたかは全く記憶にない。
おそらく痴情の話が多かったのだと思うが良く覚えていないので「記憶に残らぬほどくだらない話」であったことは確かだ。
暇だったのもあるだろうが、今は暇はあっても、そんなくだらない事で何時間も熱くなれる情熱も体力もないし、何よりジョイフルのソファに長時間耐え得る骨盤がない。
いくら暇でも横になって、ツイッターを3時間見るぐらいで精いっぱいなのだ。
現在、何の用もなくファミレスに入り浸って10秒に1回「何か楽しいことねえかなー」とか言っている若人もいるかもしれないが、それ自体若い頃にしかできない行為なので、今のうちにやっておいた方が良い。
大人になると、楽しいことがないまま、楽しくない上にやらなければいけないことが山ほどできる。
とてもファミレスで虚空を見つめる時間などなく、できることと言ったら、それらを無視して自宅でツイッターか虚空を見つめるぐらいだ。
幸い私の最寄りのジョイフルはまだ潰れていない。
もし行くことがあれば、堅いソファと冷たい便座を堪能し、コーラとメロンソーダを混ぜて昔を偲ぼうと思う。