組込型金融(エンベデッドファイナンス)というと、一般的にはBaaSと呼ばれる銀行サービスを思い浮かべますが、基本的には非金融事業者が自社サービスに金融サービスを組み込むことになるので、銀行サービスだけに限りません。クレジットカード業界では、もともと「提携カード」という存在があって、これも一種の組込型金融でしたが、さらに組込型金融として押し進めたのがナッジの「CCaaS」です。
組込型金融は微妙に各社の考え方が異なり、それを利用する事業者のニーズも異なっています。今回は、そうした組込型金融の現在を考えてみたいと思います。
クレジットカードを組込型金融で
ナッジのCCaaSは、「クレカ as a Service」の略称として提唱されています。銀行の場合はBaaS=Banking as a Service、つまり銀行機能の一部をサービスとして切り出して事業者が利用できるようにしたものがあり、そのクレジットカード版というような位置づけです。
こうした組込型金融の背景には、銀行業への参入が困難という点があります。銀行業への参入が難しいため、銀行免許を持つ事業者が、一部の機能を他社に提供することになっているわけです。この点はクレジットカード事業でも同様です。
クレジットカードの発行会社(イシュア)になるためには、規制対応によるライセンス取得はもとより、与信やユーザー管理などの多大なコストが必要になります。これをクリアしてイシュアになったとしても、一定のユーザー数が確保できないと事業が成り立たないとされます。
例えば最近の成功例ではメルカリのメルカードがありますが、これは早々に数百万単位の発行を実現しており、2025年7月時点で500万枚を突破しています。このレベルでなければ「フルスペックのクレジットカード」の発行は難しいというのが実際のところでしょう。
それに対して、今までナッジが提供してきたサービスには、「1枚からオリジナルクレジットカードが発行できる」という特徴があります。これは、クレジットカードの仕組みはすべてナッジが提供し、アプリもナッジのままですが、オリジナル券面のカードを発行し、さらに決済手数料の一部を利用者の代わりに発行者側に還元するという仕組みで成り立っていました。
カード利用者がポイント還元などを受けられない代わりに、自分の「推し」に対して還元ができる“推し活カード”として活用できる――というのがナッジのサービスです。発行側には、コストがかからず、リスクも負わずにオリジナルカードを発行できるというメリットがありました。これは最もライトなクレジットカードのサービス提供ということになるでしょう。
その延長線上にあるのが、新たに提供するCCaaSです。CCaaSでは、従来のサービスより踏み込んだ形でサービスを提供します。相変わらずライセンスは不要で、割賦販売法や犯罪収益移転防止法といった規制対応、与信、本人確認、不正検知、顧客対応などの重いサービスはナッジが提供します。あくまでイシュアはナッジのままですが、クレジットカードはオリジナルデザインで、さらにアプリもオリジナルのものが使えます。
ナッジのアプリの外観を自社のサービスにあわせてカスタマイズすることも可能ですし、自社のアプリとデザインを揃えることもできます。そうしたカスタマイズについてもナッジ側と連携しながら開発を進められるという点が特徴です。
最初の事例として、viviONグループ公式クレジットカード「viviON JCBカード」が発行されます。このカードの利用によって、同社が提供する電子コミック配信サービス「comipo」などのサービスで利用できるviviONポイントが還元されるほか、VTuber「あおぎり高校」のオリジナルカード券面やクーポンも提供されるなど、ナッジの「推し活」を生かしたサービスも提供されます。
このCCaaSの仕組みでも金融収益はもちろん得られるのですが、ナッジが提案した多くの事業者で重視されたのが、決済の取引データを事業者が確認できるという点です。実際viviONグループも「決済手数料などの金融収益よりも自社の顧客をもっと理解したい」という意図があったと、ナッジの沖田貴史社長は話します。
これを可能にするのが、決済データの提供です。ナッジのカード事業では決済データをAWSからGCPにミラーリングする設計で、そのデータにカード発行側がアクセスできるようになっているそうです。自社カード利用者のデータのミラーリングは1日に1回行われており、通常よりも速いペースでデータが参照・分析できるため、自社のこれまでのIDと組み合わせることでより顧客の行動を理解できるようになる点が特徴とされます。viviONのカード発行側は、いちいちナッジにデータ提供を依頼せず、自社のタイミングでデータを分析できるわけです。
利用データを既存の顧客IDと連携できる点も特徴です。もともとのナッジアプリは、GoogleとAppleのIDを使ったログイン方式で、今回のCCaaSを利用するアプリも同様にGoogle/AppleのIDを使ってナッジのシステムにログインします。ログイン後は、既存のIDと連携することができるので、カードを紐付けてポイントを発行したり特典を提供したりといったこともできます。これによる「CRMの深化」が最大の特徴と言えます。
最初の事例となったviviONでは、実のところCCaaSとしてはライトな機能を採用しており、従来の「推し活カード」との機能的な差は大きくありません。今回の仕組みだと、貸倒れリスクや法対応、サポート業務などはナッジが行っており、viviON自身はこうしたリスクがなく、データ分析による顧客理解と専用アプリでのエンゲージメントの強化が実現できるとしています。ナッジ側の提案では、カード事業による金融収益よりも、顧客理解・エンゲージメント強化のニーズの方が高かったと言います。
顧客理解のために、従来のポイントカードの機能をナッジのアプリに組み込んで、決済アプリの管理と会員サービスの提供をする、といったカスタマイズもできるそうです。アプリへの機能追加は、「他のシステムベンダーに依頼するよりもそのままナッジに依頼した方が安く済む」と沖田社長は自信を見せます。
CCaaSの収益モデルにおいて、ナッジ自身は、従来のような決済手数料に加えてアプリの保守費用やシステム利用料を収益源とします。その分、事業者側はより自由度が高いクレジットカードサービスを提供でき、決済データへのアクセスも可能になります。
事業者側のニーズに応じて、必要なサービスを組み込み、提供できるのがナッジのCCaaSですが、これをさらに押し進めて、クレジットカード事業の多くを提供するのが、以前にこの連載で取り上げた「ライト版クレジットカードプロセッシングサービス」です。これはナッジとTISとの協業によるもので、フルスペックのサービスから過剰な部分をそぎ落としたクレジットカードサービスを提供することで、例えば数十万程度の会員が見込めるような事業者向けのサービスとされています。
このライト版クレジットカードプロセッシングサービスは、もともと「腰を据えて数年がかり」(沖田社長)という事業のため、まだ事例は出ていません。しかしCCaaSはすでに数件の事例が見込まれており、動きが早いという点も特徴といえます。ナッジでは、従来の推し活カードからCCaaS、さらにライト版クレジットカードプロセッシングサービスといった具合に、カードを発行したい事業者のニーズに応じたメニューで組込型金融を提供していきたい考えです。
フルバンキングとアラカルトバンキング
この“事業者のニーズに応じた組込型金融”というのは、BaaS分野でもみんなの銀行が押し進めています。BaaSで先行する住信SBIネット銀行は、「フルバンキングのBaaS」という点をアピールしており、基本的には機能を全て提供する重量級のサービスという印象です。
それに対してみんなの銀行は、永吉健一頭取が必要な機能を切り出して提供できる点を強調しています。もともとみんなの銀行がBaaSで提供するパートナー支店は、フルバンキングの思想に近く、みんなの銀行アプリを使って、事業者の口座を開設して銀行サービスを利用するものです。実はここにナッジと同じくviviONグループも参加しており、viviON支店が提供されています。
このフルパッケージのBaaSに対して、新たな取り組みとなったのがメルカリ向けに提供したサービスです。メルカリは、圧倒的なユーザーベースがあり、すでにメルカリアプリには多くの利用者がいます。そこに銀行アプリを別に用意してもユーザーの誘導が難しいという面もありますし、メルカリにとってもアプリが分離するデメリットがあります。
みんなの銀行では、銀行機能をAPIで個別に切り出してすべてブラウザ経由で利用できるようにしました。そのため、メルカリアプリ内のブラウザから銀行機能を利用できるようになり、別途アプリを用意する必要がなくなったわけです。
さらに、必要な機能だけを選択できるという点もポイントです。メルカリでは今回、口座開設、出金、残高照会・チャージといった機能が提供されていますが、パートナー支店では付属のデビットカード機能は提供されません。これはメルカリ側にはメルカードがあるからで、このように必要な機能だけを選べるという点が特徴になっています。
永吉頭取の話では、メルカリとかなり密接に話し合って開発してきた機能ということですが、既存のアプリに銀行機能を埋め込むという意味では、より「組込型金融」という表現に沿っていると言えるかもしれません。ナッジのCCaaSも、機能ごとに組み込みできるという点で、同様の考え方と言えるでしょう。
フル機能を丸ごと利用するのではなく、必要な機能を細かく使い分ける。そんな組込型金融が来年はさらに登場してくるかもしれません。








