悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、部下のマネジメントに悩む人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「やる気のない&物覚えの悪い中途入社の部下はどのように育てれば良いのでしょうか?」(38歳男性/建築・土木関連技術職)
ご質問内容を拝見する限り、部下に関してかなりのストレスをお持ちのようですね。なかなか思うようにいかないという、上司としての苦労が文面から伝わってきます。
ただ、引っかかるところもありました。それは、「やる気のない&物覚えの悪い中途入社の部下」という部分です。
まず感じたのは、「中途入社であることが、問題なのだろうか?」ということ。「中途入社=だめ」とはいえませんから、その部下が、たまたま中途入社だったというだけなのではないでしょうか。だとしたら、少しだけ感情的な部分を排除してみるべきかもしれません。
次に「やる気のない&物覚えの悪い」という部分。これはたしかに、上司としてはつらいところですよね、ただ、やる気のない人間は物覚えが悪いとは限らず、物覚えの悪い人はやる気がないとも限りません。
何人の部下をお抱えなのかわかりませんが、「やればできるのにやる気がないタイプ」とか、「やる気はあるのに物覚えが悪い」とか、なるべく個人のパーソナリティに寄り添ったほうが、いろいろなことがうまく運ぶような気がします。
それはともかく、最大の問題は接し方です。「やる気のない&物覚えの悪い中途入社の部下」という視点を持ち続けている限り、なかなか信頼関係は確立できないのではないかということです。
たとえ言葉に出さなくとも、信頼されているか否か、好かれているか否かということは相手に伝わるものです。つまり、部下に対するこのような印象を拭わない限り、それは多少なりとも部下に伝わってしまう。
だとしたら、うまくいくものもうまくいかなくて当然です。そこで状況を改善するために、相手になにかを求めるのではなく、自分の視点や考え方を変えてみてはいかがでしょう?
リーダーとして意識する5点
タイトルからもわかるとおり、『「人の上に立つ」ために本当に大切なこと』(ジョン・C・マクスウェル著、弓場 隆 訳、ダイヤモンド社)のテーマは「人の上に立つ」こと。
そしてリーダーシップの世界的権威であり、「世界一のメンター」としても知られる著者は本書の目的について、「この人についていきたいと心から思われるような、すぐれたリーダーになるための法則をあなたが知り、必要な資質を伸ばし、磨くのを手伝うこと」だと記しています。
リーダーになるには時間がかかる。リーダーシップとは、長い努力の日々を積み重ねることで開発されるものなのだ。リーダーの育成は、リーダーシップの法則を学ぶことである程度は可能である。しかし、リーダーシップ論を理解することと、それを実践することは別である。(「はじめに」より)
なお、リーダーがカリスマ性を発揮することを邪魔する障害は次の5つなのだとか。
・プライドーー自分が他人よりすぐれていると思っているリーダーに従おうとする人はいない。
・不安ーーあなたが自分に不安を抱いているなら、人びともあなたに不安を抱くようになる。
・不機嫌ーーあなたに何を期待していいのかわからない場合、人はあなたに何も期待しなくなる。
・完全主義ーー人びとは、よりすぐれたものを目指す気持ちは尊重するが、非現実的な期待にはそっぽを向く。
・冷笑癖ーー物事の肯定的な面ではなく否定的な面ばかりをみる人など、誰も相手にしない。
(31ページ)
どれも基本的で、難しいことではありませんが、だからこそ忘れてしまいやすいともいえるはず。リーダーとして、いや、人としての原点に立ち返ってみるため、まずはこの5点を意識してみるのもひとつの手段です。
それだけでも、多少の変化を期待できる可能性があります。
部下とのギャップを埋める
多くの業界のリーダー教育、組織活性化に携わっているという『なぜ、あの上司は若手の心を開くのか』(齋藤直美著、青春出版社)の著者は、上司世代と部下世代とのギャップに焦点を当てています。
特に注目しているのは、「若手が活躍する組織には、彼らの能力を引き出す環境、それをつくる上司の存在がある」ということ、そして「上司は『叱咤激励』と捉えているのに、部下は『アドバイス』と捉えてしまうようなコミュニケーションギャップの存在。
世代や価値観の違いからこうしたギャップが生じ、さまざまな食い違いや問題が起こっているというのです。そこで本書では、部下たちが育ってきた環境から、彼らの価値観や強みを理解したうえで、
・彼らの強みや能力の引き出し方、活かし方
・ギャップを埋めるコミュニケーション方法
(「はじめに」より)
を紹介しています。1章「若手はなぜ、ああなのか?」のなかから、「上司の疑問(5)「なぜ、プライドが妙に高い?」を見てみましょう。
かわいがろうにも、プライドが高い部下はかわいがりにくいもの。上司からかわいがられれば、仕事を教えてもらう機会も増え、チャンスも巡ってくるはずなのに、プライドで壁をつくっているタイプがいるわけです。
彼らのプライドの高さの根底には「日本を右肩下がりにしたのは上の世代」という思いもあります。上の者に冷ややかな対応をしてしまうのは、これが原因かもしれません。(22ページより)
また、インターネットを使いこなし情報収集力には長けている若い世代には、独特の弱さがあるといいます。実績も経験もないのに、使いこなせている気がしてしまう。そのため、いざ実践させると打たれ弱い面が露呈するということ。
さらには、「泥くささ、愚直な実践、努力はイタイこと」だと考え、知識や情報を使ってさらっと結果を出すことがかっこいいと思っているタイプも。そんな彼らには、知識や情報だけではうまくいかないということを気づかせる必要があると著者は主張しています
本書ではおもに、「ゆとり世代」の部下への対処法に焦点が当てられているのですが、書かれていることは、それより上の世代の部下を指導するにあたっても役立つものだと思います。
部下に希望を持たせる
「俺は会議と数字達成で忙しいのに、あいつは電話さえ取らない」
「最近の若い人は根性がない。『私はできません』って、受身すぎる!」
あなたの部下や後輩への不満、すごくよくわかります。
しかし、そのプライドと愚痴のせいで、一番大切な「成果」が減っていませんか?
目の前で、「やれ!」と100回言っても動かないのなら、ちょっとだけ工夫して、別の方法を試して見たらどうでしょう?
部下を「お客さま」だと考えることは決して媚びへつらったり、「仲良しクラブ」を作るのとは違います。
相手を自分の所有物みたいにコントロールしようとするのを今日からやめてみてください。 気づいたら数字が上がる、チームがまとまる。 そんな奇跡が、必ず起こりますから。
『部下を「お客さま」だと思えば9割の仕事はうまくいく』(林 文子著、KADOKAWA)の冒頭には、こう書かれています。
そして本書においては、(1)コミュニケーション、(2)マネジメント、(3)上司の行動習慣、(4)人間力の4つの分野において、著者が部下を育成するなかで実践してきたことを紹介しているのだそうです。
ちなみに今回のご相談に対しては、たとえばこの記述が役に立つかもしれません。
いつも目標を達成できない。にも関わらず、その状況を改めたいと思っている素振りもない。そもそもやる気がないようだ……。
そんな部下が一人や二人、あなたにもいるかもしれません。
見てしまうと、つい「なんで頑張らないんだ」「やる気を出せ!」と叱咤したくなったり、「こうしないからダメなんだ」と指摘したくなると思います。しかしそれでは非難されていると感じて、部下は心を閉ざしてしまいます。いつまでたっても、できない状況は改善されません。
部下とコミュニケーションを取るときに重要なのは、否定しないことです。(23ページより)
たとえ部下にやる気がないのがわかっていたとしても、その事実を指摘するのは無意味。上司の仕事は事実を暴き出すことではなく、部下に「希望を持たせる」ことだから。
こう主張する著者は、高校卒業後に社会に出て、ホンダのセールスレディなどを経て横浜市長となった人物。対人関係や部下の教育方法についても、豊かな経験を備えた人物であるわけです。
僕にも経験がありますが、部下はなかなか思いどおりには動いてくれないものです。それどころか、こちらの接し方次第では必要以上に反感を持たれることもあります。でも、それではうまくいかなくて当然。
上司である以上、心を広く持ち、(多少の不満には目をつぶって)部下を受け入れてみる努力はすべきかもしれません。そうすれば、やがてそれが信頼関係につながり、いろいろなことがうまく回るようになる可能性があるのですから。
著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)
作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。