悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、部下への接し方に悩む人のためのビジネス書です。

■今回のお悩み
「部下のミスを叱るだけでパワハラと言われそうで怖いです。境界線はどこにあるのでしょうか。被害者がそう感じたら、という曖昧な理由では、言った者勝ちという魔女狩りに近い恐怖を感じます」(39歳男性/IT関連技術職)


それがなんであれ、物事というものは「行きすぎてしまう」ことがあるものです。たとえば今回のご相談内容も、ある意味においてはその典型であるといえるのではないでしょうか?

パワハラが社会問題化し、多くの人がその改善について変え向きに考えることは、とてもいいことだと思います。上司の心ない言葉などによって精神を病んでしまったり、命を落としてしまったりする方もいらっしゃるような状況がある以上、それを改善することは絶対的に必要だからです。

ところがおっしゃるとおり、部下の側がそのことに過敏になりすぎてしまうと、また違った問題が起きることになります。

よかれと思って叱ったのに「パワハラだ」と騒がれてしまったり、ミスを指摘したら感情をあらわにされてしまったり、挙げ句の果てには、残業を頼んだら「労働基準監督署に訴える」などと筋違いのことを言われてしまったとか(ここまでくると、意味わかりませんよね)。

でも、もしパワハラ的な意図がなく、部下の側に指摘されるべき問題があるのであれば、そこでパワハラ扱いされるのは筋違いというものです。そんなことばかり繰り返していると、大切な時間を無駄に浪費することにもなってしまうでしょう。

では、どうしたらいいのか?

自分に非がなく、考え方も間違っていないという確信があるのであれば、「堂々と対応する」。突き詰めると、それに尽きるのではないかと思います。不安な気持ちもわかりますが、「パワハラと言われそうで怖い」と過度に意識してしまうと、それは相手にも伝わるもの。その結果、また部下は暴走してしまうかもしれません。だからこそ、あえて堂々と、そして冷静に対応すべきではないかと考えるのです。

ぜひ、以下の本を参考にしながら実践してみてください。

疲れない人間関係をつくる

『こころをリセットする5つのルール 「イヤな気持ち」を今すぐ消す方法』(林 恭弘著、総合法令出版)の著者は、幼児教育から、企業を対象とする人事・教育コンサルタントまでに幅広く携わった経験を持つ心理カウンセラー・講師。

  • 『こころをリセットする5つのルール 「イヤな気持ち」を今すぐ消す方法』(林 恭弘著、総合法令出版)

日常生活に実践的ですぐに役立つ心理学を紹介することを活動の目的としているそうですが、たしかに本書の内容も具体的かつ実践的です。そしてその内容について、とても説得力を感じさせる主張をしています。

人間は同時に複数のことを新たに習得できるわけではないのだから、一冊の本のなかから、ひとつかふたつくらいのことを得ることができればよいということ。たとえば本書のなかで「なるほどなあ」と感じた部分があれば、ひとつだけ実践してみることが大切だというのです。

ひとつ、そして、またひとつ、少しずつ、一歩ずつ、自分の心をコントロールする能力を養っていけばいいということです。

たとえば今回のお悩みに関していえば、第5章「疲れない人間関係をつくる」や第6章「人間関係で疲れない考え方」が役に立ちそうです。

気まずい関係ができるのは、大変な出来事があったからではありません。その出来事の後に会話が減るからできるのです。
話さないと人間関係の溝はどんどん深くなります。さらに疑心暗鬼になり、不安や恐怖を増幅させ、ストレスをため込んでいきます。この悪循環は、コミュニケーション環境が改善されないかぎり続きます。特にあなたが一緒にいて疲れる人、その中でも怖くて苦手な人にはこの傾向が強いはずです。
疑心暗鬼でいると、
(1)怖いから話さなくなる
(2)「自分のことを嫌っているのではないか」と疑心暗鬼になる
(3)怖い想像が膨らんで話せなくなる
(4)近づきたくなくなる
という図式ができるのです。
(137〜138ページより)

そこで大切なのは、まずは「たったひとこと」でも、相手にかまわずに声をかけてみること。へたくそな会話でいいので、話をつないでいくようにするだけで、やがて立派な「親しい会話」になっていくものだというのです。

そして、気になっていること、聞きたかったけれど聞き逃していたことなどを会話に入れていくだけでOK。

たしかにそれなら、すぐに実践できそうです。そして、話しかけてみた結果、思っていた以上にコミュニケーションがうまくいったということになる可能性もあるのではないでしょうか。

コミュニケーションにおけるすれ違い

私は現在、学生や新入社員、若手社員といった部下世代から中堅社員や管理職といった上司世代という幅広い層の方々に向け、話し方や言葉を使ったコミュニケーションをテーマに、研修や公演を行う講師として活動しています。
私自身はちょうど社会人12年目を迎える年であるため、ビジネスパーソンとしては上にも下にも挟まれた、ちょうど中間の立ち位置です。そのせいか、上司と部下の両者からコミュニケーションに関する悩みを聞くことが多々あります。(「はじめに」より)

『部下を元気にする、上司の話し方』(桑野 麻衣著、クロスメディア・パブリッシング)の著者は、自身についてこのように説明しています。

  • 『部下を元気にする、上司の話し方』(桑野 麻衣著、クロスメディア・パブリッシング)

上司世代の方々からは、「最近の若者は意欲が低く、自らコミュニケーションをとってこない」「こちらからどんな言葉をかけたらいいのかわからない」「新入社員のモチベーションを下げないような注意の仕方が難しい」といった声をよく聞くのだとか。

一方、新入社員や若い世代の方々は、「上司は自分たちのことを勝手に決めつけてくるので相談する気になれない」「上司の価値観や物事の見方を強いられるので、理解できないことが多くコミュニケーションに悩む」というような悩みを打ち明けられるのだそうです。

つまり、このように双方のリアルな現場の声を聞ける立場にいるからこそ、両者のコミュニケーションにおけるすれ違いや無駄なストレスを減らせないかと考え、本書を執筆することにしたというのです。

一概には言えませんが、企業研修や講演をしていると、より「叱る」ことに苦手意識を抱いている上司のほうが多いように感じます。 「最近の若い人は褒められて伸びる人が多くて、叱るとすぐ泣いてしまったり、ふてくされてしまったり、すぐに辞めちゃうんですよ〜」なんて言われることも少なくありません。
実際に私自身も叱ることが苦手で、部下に嫌われたくない、怖い先輩と思われたくないという気持ちから叱れなかった時もあります。
しかし、毎年多くの新入社員や若手社員といった部下世代の人たちの本音とふれあっている私だからこそ、声を大にして言いたいことがあります。部下は上司から「自分に深く関心を持ってもらうこと」を求めています。褒められることを望んでいるわけでも、叱られることを嫌がっているわけでもありません。自分のことをよくみてくれて、関心を持ってくれている人からであれば、叱られても愛を感じると言います。逆に関心を持ってくれず、自分のことをよく見てもいないのに、適当な表現で褒められると何も響かない上に信頼もできないという意見も多く聞きます。(20ページ)より)

たとえばこの部分などは、今回のお悩みを解決するための糸口になるのではないでしょうか。

信頼関係をつくる努力

タイトルからも推測できるとおり、『嫌われないコツ』(植西 聰著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)は上記2冊とはアプローチが異なっています。「こんなふうに生きたい」という夢を実現するためには、「人に嫌われない人間になる」ことが大切だと主張しているからです。

  • 『嫌われないコツ』(植西 聰著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

その理由は、どんなチャンスも、人を通じてもたらされるものだから。そこで、「コミュニケーション能力」が必要になってくるという考え方なのです。

コミュニケーション能力の高い人は、人間関係の中で誤解されたり、トラブルが原因でケンカになったりすることがありません。(「はじめに」より)

それは事実かもしれませんが、だとすれば知りたいのは、「では具体的にどうすればいいのか?」ということ。つまり本書には、その答えが書かれているのです。

アメリカの心理学者であるザイアンスが発表した「ザイアンスの法則」では、次のようなことがいわれています。
・人間は知らない人には攻撃的、冷淡な態度をとる
・人間は会えば会うほど好意を持つようになる
・相手の人間的な側面を知った時、より強く好意を持つようになる
(18ページより)

この法則から言えるのは、「人はいかに信頼関係を大切にしているか」ということ。いわば普段から信頼関係をつくる努力をしておけば、いざというときに楽だというわけです。

これは、さまざまな人間関係を円滑にしてくれそうなアドバイスです


規模や社風などにもよるでしょうが、会社というのは基本的に客観的な組織です。部下が一方的に「パワハラを受けた」と騒いだからといって、直属の上司を一方的に非難するような会社は、ありえないわけです。

きちんとしたモラルに支えられた会社であれば、部下の主張が正しいのかどうかを徹底的に調べ、冷静な判断を下してくれるはず。

つまり上司も、必要以上にビクビクする必要はないのです。不安な気持ちもわかりますが、命を取られるようなことは考えられないのですから、堂々としているべき。

そうしていれば気持ちは伝わりますし、それどころか結果として、「あの人には勝てないな」と部下から一目置かれることになるかもしれません。

著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。