「世界にある信じられない数の本の中から、日本人向けに選ばれた一冊を読めること」─翻訳書の魅力をこう語るのは、文響社で書籍編集に携わる宮本沙織氏。自分の読みたい本を自ら手掛けるべく文響社に転職した同氏は、今年3月、逆境で悩んでいる人にこそお勧めしたいビジネス翻訳書『逆転の生み出し方』を発売した。同書で提案される「制約があることがチャンス」はどういう意味なのか。ビジネスプロデューサー・書評ブロガーの徳本昌大が聞いた。

  • 文響社の宮本沙織氏。4月には認知症予防の最新知見を伝える「MINDSPAN 脳老化は食で止められる」を発売したほか、「自分の頭で考えたい人のための15分間哲学教室」も手がけるなど、新進気鋭の編集者だ

エビデンスありきで展開されていく海外書籍

今回話題に上がった翻訳書籍は、アダム・モーガン/マーク・バーデン著『逆転の生み出し方』。「金がない、時間がない、自由が利かない、理不尽を課せられている、人が足りない、……まったく新しい可能性はそんな逆境にこそ隠れている!」と謳う本書は、IKEAやNIKEなど世界的な大企業が実現したビジネス事例をもとに、逆転の方法を伝える。

文響社は、2011年に立ち上げられた、まだまだ新しい出版社だ。宮本氏自身も、3年前に同社へ転職している。これまでは「今あるジャンルに別のジャンルをかけ合わせた本」を作ってきたが、自分の興味を追求していくだけだと堂々巡りになると感じ、1年ほど前に翻訳書籍を作ってみようと思い立ったそうだ。実際に翻訳書籍に携わった感想を、宮本氏はこう述べる。

「日本でこのような本を作った場合、研究者でもそれほど出典を表記しません。しかし海外では、このような一般書籍であっても最後に大量のエビデンスが掲載されます。エビデンスありきで展開していくこの文法は、日本とは明らかに異なり、非常に新鮮で面白く感じました」(宮本氏)。

そして出会ったのが、『逆転の生み出し方』だ。前職ではで業務で様々な制約を強く感じており、そのような環境を変えるべく転職という一大決心をした宮本氏は、制約からチャンスを得ようとアドバイスする本書に感銘を受けたという。

制約があると人はあきらめる、だからチャンスがある

予算や時間、方法などに"制約"があると、多くの人はその実現をあきらめようとするものだ。しかし本書は、"制約"があるときこそチャンスだと伝える。人は制約を前にすると3つのタイプにわかれるという。それは「被害者」「中和者」「変革者」だ。最初はみな被害者だが、方法を変えることで中和者となり、チャンスと捉えることで変革者となる。本書では、チャンスをものにした変革者の事例と、変革者になるために考え方を変える方法が述べられている。

本書が伝えようとしていることを分かりやすく示した例として、宮本氏、徳本氏は冒頭にある同じエピソード挙げた。それは、Googleの共同創業者であるラリー・ペイジの話だ。「GoogleのTOPページはなぜあれほどまでにシンプルなのか?」……すでに理由をご存知の方もいらっしゃるとは思うが、この答え、みなさんはどう考えるだろうか。

本書によると、そもそもの理由は「ラリー・ペイジの当時のコーディング技術ではそれ以上のものが作れなかった」からだそう。しかも創業当時のGoogleには、潤沢な予算は存在しないから、外注もできなかったのだ。そのような"制約"がある中で、他の検索エンジンとの差別化を図るため結果的に生み出されたのが、あのGoogleのシンプルなデザインだったのだ。

その結果はご存じの通り。複雑にデザインされた他の検索エンジンに対し、検索に対するユーザーの気持ちをリスペクトしたかのようなGoogleのTopページは高い評価を得た。この他にも、NIKEやIKEA、ユニリーバやマクラーレンといった名だたる企業の事例が紹介されている。これらの事例について詳しく知りたい方は、ぜひ本書を手に取ってほしい。

  • 「多くの事例の中でも、IKEAの話は日本人も理解しやすいと思います。あの安価なIKEAの価格はどのようにして実現されているかという内容です。企業そのものが備える背景から説明されており、私も興味深く読みました」と宮本氏はおススメの事例を伝えた

「ちなみにこの本の著者2名はコンサルタントで、記者や研究者などとは違い、頻繁に取材などができないという制約がありました。ですが、自身の会社の従業員を使って取材するという方法で、たっぷりと時間をかけて、逆に非常に多くの企業の事例を収録しています。これもある意味で制約をチャンスに変えた「逆転」ですよね」(宮本氏)。

若い世代にこそ制約をチャンスに変えるマインドセットを

「『逆転の生み出し方』は、とくに学生や若いビジネスパーソンに読んでいただきたいと思っています」と宮本氏は語る。なぜかというと、若い世代は社会にでたときに、まず所属組織から制約を受けるからだという。もちろん、年を重ねると逆に年齢が制約になるため、本書は全世代が読める本といえるが、若いうちにマインドセットを変えられるほどその効果は高い。今いる場所でしがらみを感じている方もいらっしゃるだろうが、本書からそのしがらみをチャンスに変える方法を学び、成功に変える人が生まれれば幸いだ。

「『逆転の生み出し方』で印象に残るのは、なによりも豊富な事例です。だからわかりやすいし、どこから読んでもOKです。悩んでいるときこそ読んでほしいと思います」

余談ではあるが、今回の対談では、宮本氏が担当したもう一冊の本「MINDSPAN 脳老化は食で止められる」も話題に上った。実は宮本氏はいま脳という分野に非常に興味があり、かなり関心を持って作った一冊だという。こちらの著者は遺伝の専門家で、「アルツハイマーの遺伝的要素を持っていても、食べ物に気を付けることで、それが発現するかどうかが決まる」という内容を、エビデンスとともに説明している。脳の老化というテーマに興味のある方は、こちらもご一読いただきたい。

逆転の生み出し方

「5ユーロで売れる、素敵なテーブルを作るには?」(IKEA)
「速くない車で、レースで優勝するには?」(アウディ)
「世界初のテレビゲーム、小ビットで”スーパーマリオ”を表現するには?」(任天堂)
アメリカ西海岸で圧倒的な存在感を放つコンサルティング会社が、総力取材!「逆境がもたらすブレークスルー」を、科学的に分析し、実践的にまとめた1冊。企業、集団、個人がずば抜けるための11のカギ


アダム・モーガン マーク・バーデン著
文響社編集部 訳
定価:1,600 円+税
発行年月: 2018年3月30日