大人っぽい黒ベースカラーインクの増加
最近の筆記具業界では、黒をベースとしたカラーインクが明らかに増えている。黒ベースのカラーインクとは、こげ茶や紺、えんじなど暗めのカラーを、さらに黒に寄せたもの。パッと見は黒にしか見えないが、よく見ると色がついている……というくらいの、非常に落ち着いたカラーインクだ。
ボールペンでは、サラサビンテージカラー(ゼブラ、2016年)、サクラクラフトラボ001(サクラクレパス、2017年)、エナージェルブラックカラーズコレクション(ぺんてる、2021年)など、大手メーカーだけを見ても黒ベースカラーを前面に押し出した商品が相次いでいる(他にもたくさんある)。
この現象が意味しているのは、「文字=墨色」という1000年来の常識が変化しているということだ。
文字=墨色の日本
日本では、文字は黒いインクで書くことになっている。墨がまさにそうだ。「当然では?」と思うかもしれないが、実はこれは普遍的な常識ではない。ヨーロッパではブルーインクが主流だからだ。日本で黒インクが主流だったのは墨文化の影響だろう。
したがって、今でも正式な書類は黒インクでなければ受け付けてもらえないことが多い。ところが、価値観の多様化は、インクの色にまで及んでいるというわけだ。
きっかけは、2010年代のカジュアルな万年筆のブームではないかとにらんでいる。
カラーインクの楽しみを知った人々
2013年にパイロットから発売された万年筆「カクノ」は、1000円という低価格とカジュアルさによって大ヒット製品になった。それまでは中高年男性の筆記具というイメージが強かった万年筆が、カクノ以降は若い世代や女性にまで広がったのだ。
万年筆は、インクを入れ替えかえやすいのが特徴だ。他社のインクでも基本的には問題ない。そのため、カクノ以降、万年筆でカラーインクを気軽に試す人が増えた。
だが万年筆は基本的に文字を書くためのものだ。万年筆でイラストを描く人もいるが、そういう分野に「万年筆イラスト」と名前がついていることが、むしろ筆記用の道具としての万年筆の性格を物語っている。
要するに、カクノ以降、カジュアルに万年筆を楽しむようになった人々はカラーインクで文字を書く楽しみを覚えたのではないだろうか。そして、その人たちが広げた「カラーインクによる筆記」の文化が、冒頭に書いた黒ベースのカラーインクを採用したボールペンの増加につながったのではないか。
色にも個性を!
別の見方をするなら、あちこちで言われている価値観の多様化が、ついには色にまで及んだと言ってもいいだろう。日本で1000年以上維持されてきた常識が、崩れ始めているのだ。
黒ベースのカラーインクの利点は、正式な書類では厳しいと思うが、仕事で使っても悪目立ちしない点にある。それまでカラーインクというと、子供や学生が使うイメージが強かったが、大人が、仕事でも使えるようになっているのだ。
近年は、職場での服装に関しても「クールビズ」や「オフィスカジュアル」が登場し、それまでのスーツ一辺倒から多様化の兆しが見える。筆記に使うインクも同じことだ。
服を着替えるようにインクを変えてみる。そんな時代が近づいている。