ニューヨークヤンキースとの契約が合意した田中将大

1月23日、東北楽天ゴールデンイーグルス・田中将大がポスティングシステム(入札制度)によって、ニューヨーク・ヤンキースへ移籍することを明かした。今回は彼の「アメリカンドリーム」を聞いた筆者がふと思ったことを紹介する。

若手プロ240人分の年俸を稼ぐ田中

入札制度へ投じた金額以外に、田中獲得に向けてヤンキース側が提示した金額は7年総額で1億5,500万ドル(約161億円)。年俸にすると、約23億円となる(1ドル=104円換算)。筆者はこの一報を知ったとき、なぜかあるNPBのニュースを思い出した。

田中が杜の都でヤンキース移籍に関する会見を開いた日から、時を遡(さかのぼ)ること1週間。「現役若手プロ野球選手『セカンドキャリア』に関するアンケート」というニュースが、ひっそりと日本プロ野球機構(NPB)から発信された。

平均年齢23.4歳の239人の若手プロ野球選手から回答を得たという同調査からは「4人に3人が引退後に不安を感じている」「不安の原因は『収入』と『進路』が大半」などが明らかになった。彼らの2013年度の平均年俸は944.6万円。単純に比較して、25歳の田中の年俸は彼らの240倍を超える。スポーツ界において比較的高給とされるプロ野球界とはいえ、大多数の選手は現役時代に「総額」で23億円を稼ぐ前に引退する。

引退後は「何がしたいかわからない」

プロ野球選手は、誰しもが必ず引退する。田中のように億単位の年俸を現役時代に稼いでいれば、引退後に定職をもつ必要は必ずしもないが、そういった人間はほんの一握り。大多数のプロ野球選手は現役引退後に"就職活動"をしなければならない。

コーチや指導者、テレビ・ラジオの解説者、球団のスコアラーや打撃投手など、野球に関連した職に就ける元プロ野球選手は恵まれている方だろう。現役時代の給与を元手に、飲食店を経営する者もいる。実際、NPBのアンケートでは、「飲食店などを開業」することを「やってみたい」と回答した割合は9.7%で、野球関連以外の選択肢では最も人気が高かった。

ただ、野球から離れて"第2の人生"を歩むようになったとき、「自分が何をしたいのか」わからない者も多いという。日米の野球を体験し、45歳にして独立リーグの石川ミリオンスターズで現役を続けている木田優夫はこう話したことがある。

「プロ野球選手に欠けているのは、セカンドキャリア」。

何人もの引退選手を見てきた木田が、彼らに何かやりたいことを聞いたら、「何もやることがない」「特にやりたいこともない」との回答が多かったという。木田は「飲食業をやりたい、仕事をやりたいという(プロを)辞めた選手を雇えることができる」と、2002年に神戸で居酒屋を開業。元プロ選手の"受け皿"となる場所をつくり、実際にそこで何人か元プロ野球選手を雇ったこともあるという。

プロ野球選手のセカンドキャリアについて語る木田優夫

元プロ野球選手から営業マンへ転身

実際、引退した選手はどのようなセカンドキャリアを過ごしているのだろうか。筆者は4年ほど前、元プロ野球選手と話す機会に恵まれたことがある。かつて投手として読売ジャイアンツに入団した彼は、筆者と会った当時、ある企業の営業マンをしていた。巨人からFA宣言をし、メジャーリーグへと戦いの場を移した現レッドソックス・上原浩治にかわいがってもらっていたという彼は「一緒にごはんに行ったときには、会計時にこ~んなに長いレシートが出てきたんですよ」と、180センチの体躯(たいく)から伸びた腕を左右いっぱいに広げておどけた。

ただ、どことなくプロ野球時代のことを話したくなさそうな雰囲気を感じられたので、あまり過去に関する質問をすることなく、今の仕事について聞くことに終始した。現職は、知人のつてで紹介してもらい、野球好きな社長とウマが合って入社を決めたという。今は、会社の野球部で活躍しているそうだ。その顔にはどこか充実感が漂っていたのを鮮明に覚えている。

野球界を去った後、目指すべき場所とは

木田によれば、米国では引退後に定職に就くのに苦労した元メジャーリーガーが、現役のマイナー選手に対して就職時の苦労を話す場が設けられているという。先人たちの実際の体験を知ってもらうことによって、引退後の"準備"を早めにしてもらうためだ。

日本球界でも、NPBと一般企業がタッグを組んで引退選手のキャリアを支援しようとする動きが出てきているそうだが、木田の目にはまだ不十分に映るようだ。筆者が出会った営業マンのように、元プロ野球選手が新たな職場で充実した日々を送りやすくするための環境づくりや施策が、NPBの急務ではないだろうか。

今年、24勝無敗という驚異的な数字を残し、東北の悲願であった「日本一」を勝ち取るための原動力となった田中は、海を渡った後の目標を聞かれてこう答えた。

「世界一です」。

それはすなわち、野球界の頂(いただき)へとのぼりつめることを意味している。だが、彼とほぼ変わらない年齢でプロ野球界を去った者の中には、次に目指すべき「世界の頂」が全く見えない者もいるのだ。                         (敬称略)