なぜこの時代にウェルビーイングが求められているのか。それは、誰しも馬車馬のように働きまくった昭和・平成の時代を省みて、社会がよりオープンで明るい未来へと進みたがっているからかもしれない。
プロフェッショナルファームのグローバルネットワークであるEYは、「Building a better working world~より良い社会の構築を目指して」をパーパスに掲げ、現在はウェルビーイング経営の実現に力を入れている最中。今回は、ウェルビーイング推進で中核を担っている松尾竜聖さんに、ウェルビーイングの重要性について話を聞いた。
人はウェルビーイングじゃないと力を発揮できない
――まずは簡単な自己紹介をお願いします!
EY Japanのタレントチームの中でウェルビーイング推進イニシアチブのリーダーを務めている松尾です。正式名称としては日本エリア ウェルビーイングイニシアティブリーダーとなります。EY JapanはEYストラテジー・アンド・コンサルティングというコンサルティング会社、EY新日本有限責任監査法人、EY税理士法人などの会社があるのですが、私の本籍はEYストラテジー・アンド・コンサルティングなので、一応、現役のコンサルタントでもあります(笑)。もともとは企業の中期経営計画や事業計画などのコンサルをしており、数年前まではウェルビーイングとは程遠い世界にいました。
――なぜ、ウェルビーイングという分野に足を踏み入れることになったんですか?
ずっと戦略に関する仕事をしていたのですが、戦略だけでは人って動かないんですよ。影響力のある仕事ではありますが、「現場へ説明しに行ってくれ」と言われて行ってみると、現場の社員さんたちに「興味ないです」「会社の経営戦略なんてどうせ変わるし」と言われてしまったり……。
――確かに、「自分には関係ない」と思う気持ちはわからないでもありません……。
当然、このような状態ではトランスフォーメーションも起きません。じゃあどうすれば変わるかなと考えたときに、やっぱり人や組織といったカルチャーの部分も考えていく必要があると気づきました。
そこで、企業のパーパスにひもづく組織のカルチャー変革などを考えるようになったのですが、これを突き詰めていくと、人はウェルビーイングな状態じゃないと自分の力を発揮できないどころか、 他人に優しくできなかったり、他人のサポートもできないということがわかったんです。
――言われてみればそうかもしれません。
目の前のKPIに追われているだけだと、「こうなったらもっと会社が良くなる」といったアイデアも浮かんできませんし、そもそもそういう意欲さえ持てなくなるわけです。つまり、企業の価値や持続的な成長、発展のためには与えられたKPIを満たすだけでなく、個々が主体的に社会に関わっていくための意欲や実践を生むという観点で個人のウェルビーイングも確実に必要だし、EYもこれに向き合っていかなければならないと感じたんです。
そこで私と当時のCTWO(EYではCielf Talent & Well-being Officer)で企画書を作って、経営陣に持っていって、ウェルビーイング推進チームを作ることができました。経営戦略会議で4~5ヶ月くらい検討してもらって、最後は粘り勝ちみたいな感じだったんですけどね(笑)。これが今から大体3年くらい前のことだと思います。
「徒歩旅行」で社員交流も! ウェルビーイングなプログラム例
――では具体的に、ウェルビーイングに関してどんな活動やサポートを導入しているんですか?
従業員のウェルビーイングを可視化していて、例えば我々が開発した主観的ウェルビーイング調査を従業員約1万人に対して実施し、 ウェルビーイング指標を計測しています。計測結果を見て、何か課題が見つかれば戦略的に施策を打っていくという流れになっています。ウェルビーイングはふわっとしているものなので、こうして可視化しなければ、改善に向けた議論ができないんですよ。
――“見える化”しなければ改善点すらわからない、と。
そうですね。EYには、「ウェルビーイングストラテジー」というものがあって、これは9つの領域があるのですが、大きくは「個人の状態」を図る指標と「組織の支援」を図る指標の2つに分かれてるんです。
個人で言うと「フィジカルな健康」「精神的な健康」「経済的な健康」「社会的健康」に分かれていて、「組織の支援」のほうは「仕事の意義」や「成長の機会」「働く場所」「健全な労働環境」などに分かれています。まずはこの「個人の状態」を維持しつつ、組織としてもそれを維持できるよう支援していきましょうというのが大きな方針となります。
――個人に対しては、具体的にはどんなプログラムがあるんですか?
例えば、従業員のメンタルとかエモーショナルをケアする「マインドフルネス」を用意していたり、フィジカルやソーシャルのケアについては「ベター ミー タイム」というヨガのプログラム、マネーリテラシーの研修を行う「ファイナンシャル・ウェルビーイング」など、幅広いプログラムを用意しています。
あとは「徒歩旅行」というプログラムを2週間に1回のペースで実施していまして、これは普段あまり関わりのない従業員同士が3人一組になって、一緒に散歩しながら趣味やその人自身の興味や関心事など仕事とは関係ない、一人の人間として雑談をするんです。
――なぜ、あえて歩きながら話すのでしょう?
脳科学的にオープンマインドになるといわれているからです。一回あたり40〜50分ほど散歩し、その後にカフェでお茶を飲んで雑談してから解散するのですが、「徒歩旅行」によって従業員同士の理解も深まりますし、メンタル的に良い効果も期待できます。健康保険組合などが推進しているような運動習慣の付け方とはまったく違うアプローチですね。
他にも挙げればキリがありませんが、「キャリアウェルビーイング」というキャリアに関する研修プログラムを作ったり、EY Japan各社、各部門から「ウェルビーイングチャンピオン」という影響力のある人たちを集めて、彼らのウェルビーイングの知識を底上げしたり、今後のウェルビーイングに関する組織運営について議論したりもしています。
ウェルビーイングへの取り組みが次世代の希望にもつながる
――ウェルビーイングの推進前と推進後では、どんな変化がありましたか?
明らかな変化としては、会社内で「ウェルビーイング」という言葉が普通に使われるようになりました。各チームの会議でも普通にウェルビーイングというワードが出てきますし、全社会議の中のプログラムの中でもウェルビーイングに関するプログラムが普通に含まれています。ウェルビーイングに課題意識を持っているメンバーが、「もっとこういう制度にできませんか」と声を上げたり、アクションを起こしやすい環境にもなってきたと思います。
――逆に、何か課題のようなものがあれば教えてください。
課題はたくさんあります。ありすぎて、2日に1回は落ち込んでいます(笑)。例えば、我々もいろんな施策を打っていますが、施策によって何かが劇的に変わることはあまりないんです。
ウェルビーイングというものは、あくまでそれぞれがウェルビーイングな状態というものを知ったうえで選択していくものなんですよ。施策は気づきのキッカケに過ぎなくて、まずは自分にとってのウェルビーイングは何かと内省するところから始まりますが、そこに対するアプローチがまだ不十分だと思っています。
あとは一般論にもなってしまうのですが、「ウェルビーイングは大事だけど、お金にならないよね」という雰囲気もまだ残っていますよね。ダイレクトに売上に繋がるものではないので、どうしても優先順位が下げられがちで、多くの企業が予算やリソースを十分に確保できずにいます。
――松尾さんから見て、他にウェルビーイングへの取り組みが進んでいる企業などはありますか?
海外だと、グローバルにビジネスを展開している金融業界などは特に進んでいる印象で、社会全体の枠組みを変えていこうとしている会社もたくさん存在しています。日本ではパーソルさんなどが、ウェルビーイングにちゃんと取り組んでいると思いますね。
――最後に、読者の皆さんにメッセージをいただけますか?
やはりウェルビーイングは誰かから与えられるものじゃなく、自分で考えて、自分に合った環境を自分で作り出すことが大事。だからこそ、それが実現できるような組織環境を企業側は用意しなければなりません。それが人的価値や企業価値の向上に繋がります。そういう全体像をちゃんと理解したうえで、社会全体でウェルビーイングに取り組んでいきたいですよね。
私たちが今なぜこういう取り組みをしているかというと、僕らの今の行動が将来に影響を与えるから。自分や自分の周りが今より少しでもウェルビーイングでいられるような環境を作っていくことも重要なんです。ウェルビーイングに対する取り組みは、将来世代の希望に繋がる取り組みでもあるので、今ある疑問や課題、違和感は自分たちの世代で変えて、将来にちゃんと引き継ぎいでいきましょう!
自身のウェルビーイングを実現することが、次世代のウェルビーイングにもダイレクトに繋がる。しっかりとそう自覚したうえで、一歩ずつ持続的で明るいライフスタイルへと踏み出していこう!