人材を採用すると、企業がまず行うのは研修。研修内容は企業により様々だが、いわゆるOJTの名目で、現場に丸投げするなど、企業にとって大きく差がありそうだ。
もちろん、企業理念や経営戦略を人材の育成に反映している会社も数多くある。
本連載では、人々の生活を支える交通インフラ系の企業で働く技術者の研修にスポットをあて、紹介していく。
チームで技術を伝承していくOJTが教育の肝
1892年の創業以来、「誠実なものづくりの姿勢」や「技術力」というDNAを根幹に、トンネルや橋梁をはじめとしたインフラ建設で高い技術力と実績を誇る大林組。
100年以上にわたる実績や歴史を誇る同社はインフラ建設以外にも、「東京スカイツリー」や「六本木ヒルズ」「阪神甲子園球場」など地域を象徴するような建造物も数多く手がけてきた。
同社の主要分野である建築部門の研修責任者、建築本部 本部長室 担当部長 中島芳樹さんにお聞きした。
技術職社員8,000名弱の半数が建築部門を担当して、さらにその半分の2,000名が施工管理技術者として現場に出ている大林組。
そして、毎年100名以上、建築の施工管理技術者が新卒社員として入社してくるという。どのように教育を行っているのか?
中島さん「基本的には、国の法律・法令をもとに建造物を現場でゼロからつくっていきます。一定の社内基準を設けていますが、1つとして同じモノがありません。
具体的には、設計図、仕様書などの枠組みが、現場を統括する所長によって作業プロセスが異なることもあります。
そのため、若手技術者には所長をリーダーとして副所長、工事長、主任、係員が一つのチームとなって、安全・品質・工期・原価管理などのマネジメント力も含めた技術を継承しています」。
大林組の技術のベースになっているのは、創業以来受け継がれてきた、三箴(さんしん)「良く、廉く(やすく)、速い」という精神である。顧客から求められる工期を守り、品質を安価に提供する。その精神と技術を日々現場で伝えている。
人手不足によりOFF-JT研修を充実
大林組は、さまざまなニーズに対応できる技術力があり、あらゆる建造物を手がけることができる。それゆえ技術者はスペシャリストというよりも、どのようなプロジェクトにも対応できるオールラウンダーとしての資質が求められる。
しかし昨今、少子高齢化の現状を反映するように、ものづくり業界全般にも若手を中心とした人材不足の波が押し寄せており、安定した経営基盤をもつ大林組にもその影響はあるようだ。
中島さん「特に、技能者といわれる職人さんの高齢化が進んでいますが、技術者といわれる現場監督の人数も不足しています。技術者の不足により、上司と部下で施工管理の持ち場が異なるケースも増えています。
例えば、上司は外装の現場で、部下は地下の現場を担当するので、OJTが機能しがたい課題が起こっています」。
また鉄筋コンクリートでは、部材をあらかじめ工場で製造した後に、現場へ持ち込み組み立てるPC工法の導入が増えており、現場で学ぶべき技術が簡略化されはじめたことも、OJTで技術を習得しづらい状況に拍車をかけていた。
こうした課題を払拭するため、大林組では若手を中心にした、年次に応じたOFF-JTの研修に力を入れている。
中島さん「入社1~4年目を中心に、研修センターで、年数回のペースで行っています。1年目の新人研修では施工管理の基本、2~3年目は鉄筋コンクリートの管理方法を学びます。4年目は鉄骨の基本技術を習得します」。
大林組の企業DNAを受け継いだ講習やサービス
講師は、第一線の現場で活躍する、10年以上経験のある施工計画技師が担当しているという。以前の研修カリキュラムと比べて、違いはあるのだろうか?
中島さん「昔は座学が中心で、基礎を学ぶプログラムでしたが、最近の研修は、取り組む課題も現場の事例をもとに作られており、より実践に活かせるような内容になっています。
また講師が一方的に教えるのではなく、グループで考え、手を動かし、主体的に取り組むワークショップが大半を占めています。また、講師も複数名でサポートする、手厚い研修をしています」。
この他に、1年目には富士山の麓にある技能者訓練校の富士教育訓練センターで、職人さんと同じように、「鉄筋・型枠を組むところから鉄筋コンクリートづくりを経験する」研修も組まれている。
中島さん「大林組は技術者と職人さんとの距離が近いのが特長です。若手は現場に行って、職人さんと一緒になって苦労する。それがDNAとして受け継がれているので、職人さんからも信頼をおかれています」。
施工技術だけでなく技能研修を受けることで、職人さんの仕事を学びつつ、施工のやりがいや苦労も理解できる。そうしたメリットもあるようだ。
同社の技術者に現場の仕事について聞くと、「いい意味で、泥臭い」と表現する。それは技術者が職人と常に議論を交わし、パートナーとして悩みや喜びを分かち合っているからだという。
その言葉には、技術者と職人との距離の近さが表れているのだ。こうした大林組の企業DNAを象徴するのが、2016年に開発された「VR(ヴァーチャルリアリティ)教育システム」である。
VR技術をOJT教育に活用
中島さん「大林組では、鉄筋コンクリート系の躯体工事を管理する技術者は、図面と関連図書を頭にしっかりと入れるのはもちろん、鉄筋配置などの不具合箇所にすぐに気がつく知識や勘所が必要になります。
それには、経験を積む必要があり、実物大の模型をつくり、不具合箇所を探す疑似体験型研修を行っていました。その内容をVRで再現できるよう、外部会社と共同で開発したのがVR教育システムです。※実物大の研修も併用」。
場所や時間を選ばず、しかもOJTに近い環境で学ぶことができる。現在は、年数回のペースで全国9支店をまわり、若手を中心に活用しているという。
中島さん「当VRシステムは単に課題を解くだけでなく、チャレンジした後に、不具合場所の正解を目で見て確認できるようにしています。それにより、自分がどこまで理解して、どこから理解できなかったのかということを疑似体感しながら学べるので、現場での勘所を押さえることができます。
また先ほど、現場でのOJTが難しいという話をしていましたが、このVR教育システムの研修をベテランと若手が一緒に受けることで、部下から上司から教わる機会にもなっています」。
VRという最新技術の導入やOFF-JT研修などを通じて、少子高齢化などによる現場の変化にも柔軟に対応し、技術の継承を行っている大林組。
「安全・安心」がサービスの前提となるインフラ企業において、技術者はあらゆる事象を想定して仕事をする必要がある。
ともすれば属人的となる専門知識や知見だが、同社の試みは、ナレッジ共有に課題をもつ企業にとって、よいヒントとなるだろう。