モンディアル・パリを振り返りながら見えてきた、アルピーヌの次なるフェイズと戦略とは

そこかしこで、過去の名車を再解釈したデザイン・スタディが提案され、まさしく「レトロ」一色に染まった2026年のモンディアル・ドゥ・ロート・パリ。これまで「レトロ」というか過去の題材を再びとり上げるのは、歴史観として直線的な進歩を奉じる傾向のあるフランスでは、ほとんど禁じ手だった。後ろ向きと捉えられるよりは、バリケードの先頭で「前衛」、つまりアヴァンギャルドとして旗でも振っている方が望ましい、そういう感覚だった。歴史が絡むとやや観念的だが、CMで替え歌ばかり流れている日本の感覚とも決して遠くない。

【画像】アルピーヌA290、A390そしてA310ヴィジョン(写真16点)

多少なりとも過去の車に立脚したデザインのアルピーヌA110、次いでルノー5 E-テックやA290の成功が、「アヴァンギャルド至上主義」を決定的に変えた。過去は過去でも、未来に繋がるものは活かすべきという流れだ。そのフランスが各地で暴動にまみれていることは皮肉ではあるが。

アルファロメオのクォーレ・ロッソ、プジョーRCZヴィジョン、ルノー8ゴルディーニといった、今回のパリで提案されたスポーツもしくはGTコンセプトの中でも、アルピーヌA310 ヴィジョンはもっとも高い注目を集めた1台といえる。というのも、すでにグッドウッドで次世代の電動プロトタイプこと「A110フュチュール」をピエール・ガスリーがデモ走行した通り、APP(アルピーヌ・パフォーマンス・プラットフォーム)はすでに走行可能な状態にある。このローリング・シャシーに基づいているからこそ、すわ量産、市販か?ということだ。

だが内燃機関A110の生産が6月いっぱいで終わった今年、電動パワートレインを積んでくるであろうA310の市販版と次世代A110に関しては、ことほどさように単純な話ではない。むしろ次世代A110については今回、彫刻のみのプレゼンテーションで、それとてパワートレインの収まるはずのリアセクションを斜めに切り落とした格好だ。アルピーヌのチーフデザイナー、アントニー・ヴィランの言葉を借りれば、「エモーションを呼び起こすために彫刻という手法を選び、そこに表現しているのがアルピーヌを特徴づける軽さ」だ。

実際、アルピーヌは次世代A110に関して、電動化以外のパワートレインの可能性を決して否定している訳ではない。よって今回の彫刻は、純ICEにせよハイブリッドにせよ、内燃機関の搭載はありうるのか? このサスペンスを引っ張る造形そのものともいえる。だから逆にいえば、次世代A110の市販版がいよいよ発表されるタイミングは来年の3月辺り、先代ことICEのA110 II市販版が2017年のジュネーブ・サロンで発表されて10年目の節目が濃厚ではないか。

ただ、ICEがありうると分かっていてBEV版に手を挙げるユーザーはそれこそ限られるので、ひとまずは電動パワートレインのみで生産に移されるだろう。しかし電動版だけでは、いわゆるアーリーアダプターが終わった後、モデルサイクルを通じて需要のある車であり続けることは難しい。だからBEVで可能な限りのボディバリエーションを揃えるためには、2座は次世代A110が確実に担うとして、すでに5座はA390がディエップ工場で生産に移されている。そして今回、2+2の可能性を秘めたA310ヴィジョンがA310の誕生から55年目、同V6から50年目のタイミングで発表されたということだ。

A310への言及はパリサロン以前の機会にも、じつはアルピーヌは何度も仄めかしてきた。最初は2023年に発表された「ドリーム・ガレージ」コンセプト。アルピーヌは今後7台のBEVモデルに舵を切るという話で、今になって当時のビジュアルを見直すと、A290とA390のライトシグネイチャーは認められる。ただしグッドウッドの「A110フュチュール」と、ポップダウン効果を狙った「A310ヴィジョン」の顔つきを見比べると、少なからぬ修正が入ったと思わせる。2度目の仄めかしは昨年、70周年を祝って公開された短編映画の中で、1970年代風のシックな淑女と紳士、それぞれの駆るA310が画面を横切るシーンがある。前者はVF1600とおぼしきスリークな4気筒モデルだが、後者の方はオーバーフェンダーの勇ましいV6モデルで、ご丁寧にリアシートまできっちり見せてくれるシークエンスとなっている。

とはいえ、A310ヴィジョンはあくまでデザイン・スタディであって、必ずしも市販版のA310に直接に結びついていない可能性も捨てきれないところが、「メゾン・アルピーヌ」の複雑なところだ。A310ヴィジョンはコードネームでは「PS1(Projet Spécial un、プロジェ・スペシアル・アン)」と呼ばれてきた。思い出すべきは、A110 IIが当初は「AS1(アルピーヌ・スポール・アン)」という開発コードで呼ばれて2017年3月の発表前、プレス関係者の間では車名そのもののように扱われだした頃、しれっと「A110」という昔と同じ名前で復活した事実だ。ちなみに「A110 GT」とか同Sといった、車名がリアデッキ後端に記されるようになったのも、後期型からである。

A310ヴィジョンは全体的なシルエットや雰囲気では、オリジナルのA310 V6を想起させるところが多々あるが、もっと他の新旧の要素が巧みに採り入れられている。プレキシグラスの奥にあった片目3灯ライトではなく、ポップダウンと説明されている半目の前照灯は、むしろA610のポップアップ式ライトに基づいている。また「Yゼロ」と名づけられ、リアディフューザーからリアフード、さらにフロントボンネットからフロントグリル内までセンターを貫くモチーフは、直近のデザインプロトタイプである「アルペングロー」から来ている。このプロトは2022年に発表されたが、翌年に水素エンジン搭載プロトとして2世代目でYゼロをより強めた「アルペングローHY6」に進化したものの、水素エンジンの開発そのものが断念されたことは記憶に新しい。単なるA310の再解釈ではなく、ブランドの過去と直近の歴史を無駄にすることなくディティールに結実させる、執念すら感じさせるのだ。

またサイズの上でも、A310ヴィジョンは色々と想像の余白を残してくれる。4.5m強という全長は+2仕様であることを正当化するようだが、ホイールベースは2450㎜。これはA110フュチュールとほぼ同じで、全長4.2mで2座だったA110の2420㎜に対しても、3㎝しかストレッチされていない。もし4人乗りになるなら、乗員の多寡でどうしても生じる車両総重量の差を動的に打ち消すために、前車軸側にも駆動用モーターが組み合わせられてマセラティ・グラントゥーリズモ&グランカブリオのようなAWD制御になることも考えられる。実際、すでにA390は、AmpR(アンペール)ミディアム・プラットフォームに基づいて、前車軸に1基、後車軸に2基のモーターを搭載するAWDでありながら、前後サスペンションにダブルウィッシュボーン式を採っている。

この辺りに、プラットフォームならびに生産レベルで、ディエップ工場の挑むべき課題があるのだろう。フィリップ・クリエフCEOは来日時、次世代モデルにおけるディエップ工場の生産キャパシティを従来の20数台/1日から、50~60台/1日にまで引き上げると述べた。つまり複数バージョンがあったICEのA110 IIの、2倍から2.5倍ものペースで生産するというのだ。加えて注目すべきは、A290は近隣のドゥエ工場生産だが、次期A110が基づくAPPはA390が基づくAmpRミディアム・プラットフォームと同一ラインで生産できる点だ。しかもAPPは、ロングホイールベースの4座仕様やカブリオレにも派生可能なモジュール思想の設計であることがアナウンスされている。欧州発表値で2.2トンあるA390の、耐荷重の高い前後ダブルウィッシュボーン式サスペンションは、もう少し前後をストレッチしたAPPに基づくA310にも援用可能で、前車軸モーターと組み合わせることも無理でない、というロジックが成り立つ。ちなみにアルミニウムを溶接とボンドで接合したAPPは、アーキテクチャとして構造自体はA110 IIとほとんど同じだが、補強リブの太さや入れられている数は著しく増している。

すると、いくら複数車種の混流生産が世界中の自動車組立工場で当たり前になっているとはいえ、内燃機関モジュールの入り込む余地はますます薄いように思えてくる。昨年夏、ディエップ工場を取材した際に見た限り、これまでパワートレインつまり1.8Lターボ+7速DCTのモジュールが運び込まれてボディに組み付けられていた工程では、A390の電気モーター運搬用の治具にほとんど置き換わっていた。

とはいえ本国フランスでも、A310ヴィジョンに「本当にモーターと呼べるもの(エンジンのこと)」を搭載すべきという声、そもそもA290にE-テックのフルハイブリッドを積むべきという潜在的ユーザーの声は、多い。しかしICEの後輪駆動で、911でもアストンマーティンDB12でもない+2仕様を今、市販車として生産に踏み切れるか? それは限りなくノーではないか。むしろ電気でそれらを代替することに活路を見い出すのが、アルピーヌの中長期的戦略といえるのだろう。

文:南陽一浩 写真:アルピーヌ

Words: Kazuhiro NANYO Photography: Alpine