
映画『モンスター』(2003年)で、シャーリーズ・セロンは実在の連続殺人犯アイリーン・ウォーノスを演じた。その姿に近づくため、彼女は外見を大きく変えて撮影に臨んだ。それから20年以上を経た2026年、同じ人物を描く新作ドキュメンタリーが、別の方法で「本人の顔」を再現している。俳優の演技にAIによる加工を重ねる「デジタル・マスク」だ。
米犯罪専門チャンネル、インベスティゲーション・ディスカバリー(ID)の『Unmasking a Monster: Aileen Wuornos』(原題)は、ウォーノスの人生と事件をたどるシリーズ。IDで放送され、HBO Maxでも配信されている。制作陣が目指したのは、俳優の細かな演技を残しながら、容姿を実在の人物に近づけることだった。
冒頭では、2002年に死刑が執行されたウォーノス本人の記録音声に、捜査官や友人の証言、裁判映像が重なる。その合間に挟まれるのが、彼女の過去を描いた再現映像だ。番組は序盤のテロップで「高度な生成AIによる視覚効果」の使用を明示している。それでも、カメラに向かって銃を構えるウォーノスの姿は、まるで本人を撮影したかのように見える。
ID社長のジェイソン・サルラニスが重視するのは、事件に近い人たちの飾らない証言と、実際に残された資料だ。専門家の解説と再現映像で事件の顛末を44分にまとめる従来の形式では、視聴者は満足しなくなったという。そんななかでAIは、映像が残っていない場面を、記録映像を見ているような感覚で伝える手段になった。
その手法を開発した制作会社アロー・メディアの副社長、スティーヴン・ドストは、今回の試みを『モンスター』におけるセロンの変身と重ねる。
「なぜ彼女は、本物のアイリーンに姿を近づけようとしたのでしょうか。理由の一部は、私たちとまったく同じです。その顔が物語を語っていたからです。私たちがやっているのは、その2026年版なんです」
発端は約3年前、ドストとサルラニスが、酒を飲みながら交わした会話だった。話題は、ものまね芸人に有名人の顔を重ねる英国のコメディ番組『Deep Fake Neighbour Wars』。当時の技術にはまだ不自然さがあったが、数年後には合成とほとんど分からなくなるのではないか。2人は、ドキュメンタリーの再現映像への応用を考えた。
ただし、ドストには「技術を使うこと自体が目的では、面白くない」という考えがあった。誰の物語を描くために使うのか。その問いに立ち返るたび、浮かんだのがウォーノスだった。幼いころに母親に捨てられ、14歳で性的暴行を受け、産んだ子どもを手放した。彼女が経験した過酷な出来事が、その顔に表れていると感じたからだ。
「彼女の顔そのものが、物語を語っていたんです」
その顔の土台となる演技を担ったのは、スコットランド出身の俳優モラグ・ピーコックだ。彼女は何時間分もの記録映像を見て、ウォーノスの癖やしぐさ、とりわけ目を使った豊かな感情表現を研究した。
興味深いのは、VFXで加工された映像を見ても、ピーコック自身には、そこに自分がいると分かったことだ。「この目は私の目のような気がする」と伝えると、ドストは「そのとおり。目は何も変えていないよ」と答えたという。
「すべてが作り物の映像ではありません。私の上にマスクを重ねているんです」
声にも加工が施されている。ピーコックは撮影時、アメリカ英語のアクセントで演じた。その声を、ウォーノス本人の記録音声で学習させたAIモデルを使って調整したという。ただしサルラニスは、「もとになっている演技は、すべてモラグのもの」だと強調する。
「AIに演技はできません」とドストも語る。「できるのは、モラグの演技を見て、セリフを口にするときの、ごくわずかな表情の変化まで読み取ることです」。本人そっくりの顔の下で感情を表現しているのは、生身の俳優なのだ。
ピーコックは、AIを使うと聞いて出演をためらったという。「うまく使うこともできますが、ほかの道具と同じで、悪用もできてしまうものですから」。それでも、取材時点で見た場面にはおおむね満足しており、この技術を「最後に付け加える衣装のようなもの」と捉えていた。
制作陣も、AIの使用によって作品に否定的な印象がつく可能性は意識していた。実現までに3年かかった理由のひとつは、番組にこの技術を取り入れる意味を、十分に考えるためだったという。
そのうえで設けたのが、本人の同意をめぐるルールだ。公に知られた人物であるウォーノスを除き、デジタル技術で姿を再現する相手からは、書面で許可を得る。「少しでも判断に迷う場合は、使いませんでした」とドストは説明する。
その線引きが表れたのが、潜入捜査官マイク・ジョイナーの扱いだった。1991年、彼は犯罪者を装い、フロリダのバー「ラスト・リゾート」でウォーノスに接触した。制作陣は、そこで交わされた長い会話を番組に盛り込みたかった。
ジョイナーには以前、別の企画でインタビューしていた。しかし、その後に亡くなっており、顔のデジタル再現について同意を得ることはできない。そこで、本人の顔を合成する方法は使わず、似た俳優に演じてもらった。同じ故人でも、ウォーノスとジョイナーでは対応が異なる。誰の姿を、どんな条件で再現するのか。制作側が設けた境界が、ここには見える。
一方、脚本の執筆にはAIを使っていない。裁判資料や捜査に関する発言記録、刑事や目撃者へのインタビューなど、制作陣自身の取材に基づいている。それまで報道機関の取材に応じていなかったウォーノスの旧友、ローリー・ヴァルデスにも話を聞いた。
「作り話は何ひとつありません」とドストは言う。「すべて、記録に残っている発言か、インタビューに答えてくれた人が、実際に起きたこととして記憶していると話してくれた内容に基づいています」
制作には70人以上が参加した。ドストが強調するのは、取材も執筆も演技も、人間が担ったという点だ。「AIに何ができるのか、そして、それ以上に何ができないのかを知る。それが正しく使うための方法だと思います」
もっとも、AI導入の背景には、視聴者に作品を見つけてもらうための判断もある。サルラニスによると、IDには以前から、再現映像を見ると興ざめするという声が寄せられていた。視聴者が求める「できるだけ本物に近いもの」に応えながら、作品があふれるトゥルークライムの分野で注目を集める。それも、この技術に期待する役割だ。
「作品に目を向けてもらえる要素がなければ、見過ごされてしまいかねません」と彼は語る。AIへの関心が、今回の独自取材や貴重な証言・資料に目を向けてもらうきっかけになると考えている。
制作陣は、AIによる加工をハイテク版の特殊メイクと位置づける。そこに映るのは、記録や証言をもとに俳優が演じた再現場面だ。しかし、本人そっくりの顔と声が加われば、見る側には、存在しないはずの記録映像に立ち会っているような感覚が生まれる。本物らしく見えることと、実際の出来事を撮影した映像であること。その違いを、この「デジタル・マスク」は改めて意識させる。